西国巡礼 -竹内越え-

少し前の話ですが、大阪府の葛井寺(ふじいでら)から奈良県側の御所駅まで、東高野街道竹内街道を歩いてきました。

藤井寺や羽曳野は古市古墳群の間に住宅があるようなところです。応神天皇陵とかヤマトタケルの御陵とかが有名ですね。この古市から大和の飛鳥を二上山を越えてつなぐのが竹内(たけのうち)街道です。

近鉄古市駅の東側、東高野街道竹内街道が交わる交差点に道標がありました。

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左 大和路 つぼ坂 大峯山 右 大坂 と書いてありますね。明治以前は大阪ではなくて大坂でした。ここから東高野街道を離れ、竹内街道に入っていきます。

二上山を仰ぎ見ながらブドウ畑の中を行きます。近鉄「上の太子」駅を過ぎ、線路を渡ると山はさらに眼前に迫ってきます。ここは聖徳太子の御霊廟があるところですね。近つ飛鳥ともよばれ、街道沿いは新興住宅地には見られない重厚な家が並んでいます。さらに高みに上がれば、先ほどまで歩いていた河内の風景が目の下に広がっていました。ここにも道標があったのでパチリです。↑の怪しげな男に注意せよ!でしょうか?(笑)

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右 たへま(当麻) いせ(伊勢) よしの(吉野)と書かれています。いずれも寺社関係ですね。昔の旅は巡礼が多かったのでしょうか?

人家がそろそろ途切れる孝徳天皇陵あたりに、美しい大和棟の民家がありました。

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しばらく行くと民家が途切れ、歩きやすかった街道はトラックが疾駆する国道と合流します。雨もパラつきはじめ、少しメゲメゲになる気持ちをなだめながら、車道の端っこを登っていきます。やはり大型車が横を通る時はビビりますね。

「是ヨリ奈良縣」と書かれた石碑のある峠を越えると、雨に煙る大和の盆地部が視界に入ってきました。車道からやっと離れ、旧道の林道を歩いていると、ほどなく竹ノ内の集落が見えてきました。

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太子町の街道沿いの町なみも良かったのですが、やはり街道の名の元となった竹ノ内集落はいいですね。電柱さえなければ、もっと風情が出るのでしょうけれども。

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芭蕉にゆかりのある綿塚を過ぎると、そこは盆地の平野部になります。トラックの水しぶきの洗礼を浴びながら、その日は御所駅まで歩き通しました。次は壷阪山から飛鳥を狙ってみたいと思います。

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途中に大峯山、よしの、はせ寺と刻まれた道標がありました。現代の大峯山は洞川までバスで行けますが、昔は家を出たときから修験の道になったのでしょうね。

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西国巡礼 -三井寺、石山寺-

東海道は大津より逢坂の関を越えて山科に至ります。現在も京阪京津線、名神、国道一号線が電線コードの束のように集中していますが、狭隘地のため歩道を作る余裕がないのでしょう、歩行者にとっては難儀なところです。

さて今日は山科から石山寺まで歩いてきましたが、逢坂越えは歩行者には危険なので、ひとつ峰を越えた北側のサブルート、小関越え三井寺まで行きました。

山科駅を下りるとすぐに東西に走る三条通りに出会います。そう、これが三条大橋から蹴上を経てきた東海道ですね。この東海道を大津に向かって進み、途中小関越えの道標で、進路を北に変えます。

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1時間ほどで三井寺に到着、ご朱印をいただきます。
三井寺の麓には長等神社があり、ヤマタノオロチをイメージした〆縄が、
拝殿から参道まで横たわっていました。
これを踏みながらお参りして一年の穢れを落とすのだそうです。
この〆縄は近隣の方々が作られるそうですが、かつては京阪電車の線路まで延々と続いていたとか。

今では参道に出たところまでですが、こういう風習は続けてほしいものです。05_2

長等神社から下っていくと北国街道となりますが、まもなく東海道との分岐点になります。まっすぐ行けば瀬田の唐橋方面、右にとれば前述の逢坂の関ですね。
この東海道をひたすら歩けば、右手にこぢんまりした義仲寺というお寺が現れます。そう木曽の義仲の菩提を弔っているんですね。

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中で何やら法要らしきものをしていたので覗いてきました。今日は「義仲忌」の日なんだそうです。

そしてあの松尾芭蕉のお墓がありました。14

旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる

大坂で亡くなった芭蕉は、遺言によってこの地に葬られたとか。奥の細道が好きだったワタシには、ちょっとしたサプライズでした。こういった縁や発見も、巡礼の楽しさかもしれません。

膳所城址を過ぎ、ひたすら東海道を歩きます。王将を見つけたので腹ごしらえをし、さらに南下、瀬田の唐橋に到着です。ここから東海道と離れ、さらに南下、2kmほどで石山寺に着きました。

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今日は亡き母や祖父母、そしてお世話になったいろんな方を思い出しながら歩いてきました。だましだまし使い続けてきた身体もかなりガタがきていますが、まだ歩けるだけでも幸せと言えるかもしれません。

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西国巡礼 -洛中-

西国三十三ヵ所を徒歩で巡礼しようと思えば、全行程は1100kmになります。
難関は、那智から紀三井寺熊野古道、そして姫路の書写山から天の橋立までの兵庫県縦断でしょうか。
でも山登りを趣味にしている身では、何とかいけそうな気もします。

年末年始は前記事のように紀三井寺から粉河寺まで、そして今日は京都洛中です。
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東福寺駅で下車、泉涌寺近くの今熊野観音寺へお参りです。
そこからテクテクと北に向かい、七条の豊国神社方広寺へ。
秀吉をお祀りしている神社で、家康が秀頼にイチャモンつけた釣鐘があります。
写真白色が「君臣豊楽 国家安康」と書いてる部分ですね。
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次は五条通りを渡って六波羅蜜寺へ。なんや人が多いな~と思っていたら、ここには空也だけでなく清盛の像もあるんですね。

次は東山に向かって清水寺へ。でも参道は人が多すぎて、八坂の塔ねねのへ逃げ込みます。
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さっきまで穏やかなお天気だったのに、雪が激しく舞い始めました。その中を祇園巽橋を抜けて、六角堂に向かいます。
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今熊野から六角堂までちょうど3時間、今日は10数キロのウォーキングでした。
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京阪三条に向かい、賀茂川を渡りながら東山を見上げると、うっすらと雪化粧です。
やっぱ京都はスゴイですね。他都市では真似できない歴史の重みがあります。

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西国巡礼 -粉河寺-

あけましておめでとうございます。今年も拙ブログをよろしくお願いいたします。

さて年末に西国三十三ヶ所巡礼を宣言しましたが、有言実行、新年早々第2弾に行ってきました。前回の続きで、今度は粉河寺がゴールです。

南国和歌山といえど、今日はときおり雪が激しく舞う一日でした。登山用のゴアテックス雨具を着用し、ザックにもレインカバーをかぶせます。この完全装備がなければ、途中で挫折していたかもしれません。

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一昨日に乗車したJR和歌山線の「布施屋(ほしや)」駅からスタートです。歩道のない国道歩きは危険なので、できるだけ昔の街道のような道を探し出して歩くのですが、これがなかなか難しく、はるか前方に見える龍門山(紀伊富士)に向かってどんどん進みます。

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おにぎりを頬張りながら紀ノ川を渡り、堤防に沿って歩き続けます。粉河は龍門山のちょうど北側にあるので、行程はまだまだ続きます。堤防の上は風が強くなってきたので、集落の間を歩くことにしました。ただ道は直線ではなく、人家や田圃の間を縫うように走っていますので、距離のロスもけっこうあるでしょうね。ちょっと疲れを感じてきた頃に紀伊国分寺跡に着きました。

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下調べをしていなかったので、ここに国分寺があったことも知りませんでした。そういえば貴志川と紀ノ川との合流点も近いので、この辺は人も物質も集まりやすかったのでしょうね。国分寺といえば、信濃のそれは上田市にあるのですが、この辺の風景は小諸~上田の河岸段丘によく似ていますね。

粉河に近づくにつれ両側の山並みが近づいてきて、アップダウンが激しくなります。小川があれば道は下り、尾根があれば登りなおすといった感じで、両足に少しハリが出てきました。時計を見れば布施屋駅から3時間ノンストップで歩いたことになりますね。そろそろ粉河寺の参道が恋しくなった頃にようやく到着しました。

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境内は善人の老若男女で溢れかえっていました。次は和泉山地越えで、槙尾山施福寺ですかね。

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その日は五条で途中下車して、古い町並みが残る五条新町通りを歩きました。ここは和歌山の殿様が江戸へ参勤交代などに行くときに使った紀州街道になります。高見峠を越えて、三重県の松阪に至るんですね。また五条から見上げる金剛山も、盆地側や大阪側からとは違って、何だか別の山にも見えました。

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西国巡礼 -紀三井寺-

歴史が好きなもんで、数年前より日本100名城めぐりをしておりますが、
すでに85城に達し、今年中には95城くらいまで行きそうです。
まぁこの2年で、40都道府県を旅してることになるんですね。
てなことで、次の目標を立てました。

登山のオフシーズンもオンシーズンもトレーニングにもなって、急にヒマになった時にでも日帰りで行けて、しかも寿命が尽きる直前までできることって何かないかなと考えてるうち、西国三十三所巡礼を思いつきました。

ウチとこもカミさんとこも、奈良盆地内には多い融通念仏宗(平野の大念仏寺が本山)です。
花山法皇の御詠歌をあげて、母やご先祖を送り出してきました。
ということで、那智山から美濃の谷汲山までお参りしてみようと思います。
ただし全行程は徒歩です。ここが普通の巡礼と違うところ。

一番那智青岸渡寺から、二番紀三井寺までは熊野古道になりますか。
とにかく昔の街道を丹念に探し出して、区間区間をつなぎながら歩くつもりです。

今日は紀三井寺から、JR和歌山線の「布施屋(ほしや)」駅まで歩いてきました。

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大掃除後に家を出て、昼すぎに紀三井寺に到着、ご朱印帳を購入します。お正月は拝観無料になるらしいですが、今日はひっそりとしていて、お寺の方が慌ただしく準備をしておられました。

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お寺をあとにし、伊太祁曽神社まで、住宅地や田圃の中をテクテク歩きます。今日は穏やかな冬の日ですので快適です。
和歌山電鉄の伊太祁曽駅でおもちゃ電車をパチリ、駅構内の「駅長たま」関係の商品棚もパチリです。

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ここで北上して熊野古道に入り、矢田峠を越えて布施屋へ抜けました。目の前には紀ノ川流域の田園風景が広がります。

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さらに中垣家住宅や松下幸之助生家など、集落の間の名所を見ながら駅に向かいます。

JR和歌山線の線路が見えてきた頃、2011年最後の陽がまさに沈まんとしていました。

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次は布施屋~粉河寺~橋本あたりまでを、紀州街道(吉野松阪へ抜ける道)を歩くか、紀泉山地を越えて槙尾山の施福寺へ抜けるか、ちょっと調べてみます。
寒い時期でも畿内だと十分歩けますね(逆に夏はアルプス登山へ逃避)。

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