甲武信(こぶし)岳をゆく

♪人みな花に酔う時も 残雪恋し山に入り
 涙を流す山男 雪消(ゆきげ)の水に春を知る
(坊がつる賛歌)

というわけで、山梨(甲斐)埼玉(武蔵)長野(信濃)の県境にある甲武信岳2475mに行ってきました。

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この山の頂に降り注いだ雨や雪は、
東側は荒川となって関東平野を蛇行しながら東京湾に注ぎ、
西側は笛吹川から富士川の急流となって太平洋に注ぎ、
そして北側は千曲川から信濃川となって日本海へと旅します。

行きは山梨県側の西沢渓谷から甲武信小屋まで登って宿泊です。
標高1800mあたりから積雪が見られるようになるので、アイゼンとスパッツを着用です。

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ときおり太ももまで踏み抜く雪に苦しみながらも何とか小屋に到着です。

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美味しいカレーをいただいたあとは山小屋の主人のスライドショーを楽しみました。疲れが出たのでしょう、20時消灯の前に夢の中の人となり、翌日は4時半に起きてご来光を拝みました。

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無数のシャクナゲのトンネルをくぐってピークを踏みます。
この日も快晴で、はるかかなたには富士山、南アルプス、金峰山、八ヶ岳などが望めました。
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周囲のパノラマを満喫した後は、信濃川の最初の一滴を確認するために川上村側にルートを取ります。ピークから30分ほど下ると、千曲川信濃川水源地の標識が雪に埋もれて立っていました。

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さらに下ると雪解け水が現れます。そしてあちこちの流れを集め、日本一長い水の旅が始まるのです。

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標高1800mまでは雪に足を取られて悪戦苦闘したものの、高度が下がって土の道に変わっていくとなんだかとても寂しく感じました。

高原野菜の栽培が盛んな里に下りれば春の花が咲き乱れていて、頭を上げれば遠くに八ヶ岳が霞んでいました。

小海線に揺られれば信州の桜がちょうど満開で、花の中を夢見心地で帰阪しました。日本の四季は本当に美しいですね。

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西国巡礼 -中山寺から武田尾へ-

冬場のトレーニングとして、昨年末より始めた西国三十三所全コース徒歩巡礼は、4月に入って、茨木の総持寺勝尾寺、箕面、池田、宝塚の中山寺と北摂を歩いています。

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先週土曜日は中山寺から武田尾まで延ばしてきました。
もっとも生瀬~武田尾間は巡礼道から外れたバリエーションルートでしたが。

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この番外ルートは昭和60年頃まで使われていた武庫川沿いの福知山線の跡で、レールは取り払われたものの、橋梁や標識、見張り台?などがあちこちに残されています。
旧山陰線のトロッコ列車の軌道みたいなものです。

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このルート、ハイカーの事故を怖れるJR西日本は、武田尾側の2キロほどは遊歩道として整備されているものの、そこから生瀬側は立入禁止にしています。
でも口コミなどで有名になっていて、結構多くのハイカーが強行突破して歩いていました。
照明のない長いトンネルを数カ所くぐりぬけるので、懐中電灯は必携です。事故は自己責任ですよ。この季節、新緑とヤマザクラがとてもきれいでした。

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武田尾側からと違って生瀬側から入る場合、国道から廃線跡へ入るポイントがものすごくわかりにくいので要注意です。ネットで下調べをきちんとしてくださいね。
武田尾まで数キロ、ゆっくり歩いて2時間ほどの行程で、ここにはTVのCMでも有名な紅葉館などがあり、日帰り入浴もできます。

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今の福知山線は複線化し、トンネルの多いルートを丹波路快速や特急こうのとりなどが疾駆しています。普通電車も1時間に数本と、昔とえらい違います。

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そして関西学院も新三田にキャンパスを作り、かつての田舎は大きく変貌しました。
人の流れも物流も経済も大きく変わり、大量輸送、過密ダイヤが、あの悲惨な事故の一原因としたら、何ともやるせないですね。

それと武庫川の水質はイマイチで、泡だった渓谷は興ざめでもありました。もっときれいな流れだったら、カヌーのメッカにもなったでしょう。

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我々がここ数十年の間に便利さと引き換えに失ったもの、それはかなり大きな代償かもしれません。

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西国巡礼 -箕面から中山寺へ-

先週は総持寺の桜が咲き始めていましたが、今週の北摂の桜は見事に満開でした。

箕面駅から西に向かいます。巡礼の道は山の中腹を縫うように走り、ときどきお地蔵さんや道標が現れます。あちこちで桜が咲き乱れ、浮かれながら歩を進めます。

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池田の五月山に入りました。ここも満開で、池田城に登城すると眼下に市街と猪名川が見えました。交通や流通の要所だったのでしょうね。

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池田の町に入っていくと大きな由緒ある建物が目にとまりました。そこからは馥郁とした香りが漂ってきます。やはり北摂の銘酒「呉春」の蔵元でした。

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さて今日のゴール地点の中山寺はまだまだ先のようです。川西池田、雲雀が丘、山本と、ときどき歩道の途切れるを車や大型トラックの排気ガスを浴びながら西へ向かいます。

気持ちが切れそうになる頃にようやく到着。このお寺の満開の桜は格別でした。今年の一番の桜でした。

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西国巡礼 -総持寺から箕面へ-

昨日は総持寺から勝尾寺経由で箕面まで歩いてきました。

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茨木の市街地は4車線道路ができたり、建売住宅などが立ち並んだりして
昔の街道筋を探し出すのに苦労しましたが、
「左そうじ寺 右かちお寺」の道標は古い集落の一角に残っていました。

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国道171号線を越え、巡礼の道をたどっていきます。
かつての街道の面影が残っているのは、「椿の本陣」とも呼ばれた郡山の本陣あたりくらいでした。
モノレールをくぐってさらに西に向かいます。
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歩き疲れた頃、ようやく箕面市の粟生外院に着きました。
交差点名は「勝尾寺口」です。

大丸ピーコックでお惣菜とおにぎりと飲料を買い、
帝釈寺の脇を通り、うどん屋のサガミの横からは山道になります。

ここから棚田の合間を縫うように登っていくと、昔ながらの里山に入りました。
その手前の池の土手に腰を下ろすと、眼下に大阪平野が広がります。
生駒二上金剛ははるかかなたに霞んでいました。
それらをぼんやり眺めながら、さきほど購入した昼食をいただきました。
やっぱり自然の中は落ち着きますねぇ。
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でもモノレールは北へ延び、この美しい里山も、新たなニュータウンにより浸食され始めています。
いや昔からのニュータウンは高齢化してるのだから、そこへ若い人を呼び戻して有効活用したら、不要に自然破壊をする開発はしなくてもいいのではないかな?

でも経済が動き、お金が回るから、法の規制がない限り、資本主義の世の中では開発はストップできないのかな?
便利さを求める国民と企業利益がからんだ原発がエライことになった後だけに、ちと複雑な気がしました。

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1時間ほど里山の中を歩いくと車の喧噪が聞こえ出します。
そこは「えっ、ワシ加賀温泉にでも来たんかな???」てな感じの勝尾寺でございました。
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山岳寺院と思いこんでいたのですが、だるまさんだらけの近代的なお寺でした。
そういえばあちこちのスポーツチームが祈願に来ていましたねぇ。
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てなことで参拝の後は、箕面の滝経由で箕面駅まで歩いてきました。
万歩計は35000歩を示していましたから、20数キロほどのウォーキングでしょうかね?

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しかし箕面に来る人って、8割はカップルなんですねwww。

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熊野古道(潮見峠越え)

またまた熊野古道に行ってきました。
今回は紀伊田辺栗栖川と、台風禍によりずっと通行止めだった継桜王子発心門王子です。 これで那智山から紀伊田辺までの全道を踏破したことになります。

紀伊田辺駅到着が11時過ぎ、栗栖川本宮行きの最終バスが17時過ぎ、この6時間の間に行けるルートをいろいろ考え、今回は潮見峠を越えることにしました。
平安期の熊野詣では富田川で禊ぎをしながら遡上ですから稲葉根王子大塔を通過しますが、潮見越えは室町以降のショートカットルートですね。標高差500mほどの峠越えがあるものの、距離的には2/3ほど、時間にして1時間以上短縮されます。

歩行のみでは5時間半、総行動時間は7時間とガイドに書いてあったので、栗栖川からのバスの時刻ギリギリです。それで前日に市民マラソンの関門のように、各地点での予定通過時刻をプランニングしました。

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休憩はとらないつもりなので、16時半頃の到着を予定し、それに合わせて峠に向かいました。この時期、紀南は梅が満開で、峠までは馥郁とした香りに包まれての歩きです。

ところどころに石畳の古道が残り、ヤブツバキの落花は息を呑む美しさでした。

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菜の花も満開、まさに紀州の春を行く・・ですか。鼻はむずむずしましたけれど。

再び舗装された生活道路を歩き、水呑峠から振り返ると、遙か彼方に田辺湾が望めました。

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のんびり腰を下ろしたいところですが、時間がギリギリなので、先へ先へと急ぎます。捻木の杉でゼリー飲料を補給し、潮見峠に向けてさらに進んでいきます。

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紀伊田辺駅からジャスト5時間で栗栖川に到着、夜のアテを求めてAコープで買い物をしてバスを待ちました。今日の宿は野中にあります。

今日のルートはいわゆる「古道」部分は少ないですね。標識も「熊野道」になっていました。翌日は3つの峠を越える難関ルートです。

さて台風禍で通行止めだった熊野古道ですが、3/10に解除されました。といっても併行する林道を迂回するルートで、本来の古道ではありません。

http://www.tb-kumano.jp/index.html

継桜王子、小広王子、熊瀬川王子を過ぎ、女坂を下ると仲人茶屋跡です。ここから林道歩きの迂回路となり、本来の古道は通行止めの柵がしてあります。

古道部分はそれほど荒れておらず、注意して歩けば問題はありませんでした。ただ誰も歩いていなかったせいか、山野草のバイカオウレンの集落を見つけたときは感動的でした。

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この可憐な花を根こそぎ採掘するアホがいるそうで、やはり心ない観光客には、安易に古道に入ってほしくないですね。

昼前に発心門王子のバス停に着き、5時間ぶりに人にあったときは、さすがにほっこりしました。

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上写真は三越峠船玉神社の地滑り地点ですが、歩行者が通れるルートは確保されていました。

小広王子~発心門王子間は距離的には十数キロでしたが、人家がなく、またアップダウンが激しいので、山歩きに慣れていない方はそれなりの覚悟が必要でしょう。雨天時は滑る石畳に閉口するでしょうね。

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湯川王子三越峠付近での古道脇は、目をこらすと立派な石垣が杉林に埋もれています。まるで山城の曲輪のようでした。数十年前には集落があったそうです。さらに時代を遡れば「蟻の熊野詣」と形容されるほど、多くの人々が行き交ったとはにわかに信じがたいほど、今の古道はひっそりとしています。

形あるものは朽ち果て、本来の自然に還るのもまたありかと思います。我々の世代も、遅からず土に還るので、残された人生を有意義に過ごしていきたいものですね。

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