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山崎の合戦(天王山)

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12月にしては穏やかな晴天の日だったので、ふと天王山に登ってみようと思いました。以前、大東市の飯盛山城跡に登った時、北方の男山と天王山との狭隘部から京都の街が俯瞰できて驚いた・・と書きましたが、それ以来気になっていた山です。

 

秀吉と光秀が覇権を争った戦いにちなんで、ここ一番の勝負事を天王山と言いますが、実際の戦場は天王山ではなく、長岡京市と大山崎町にまたがる西国街道沿いの平地、今は山崎ジャンクションのあるあたりだったようです。
山崎といえばサントリーの工場を思い浮かべますね。でも工場は大阪府の島本町、一方、大山崎町は京都府なんです。大阪府(摂津の国)から京都府(山城の国)に入るには、この山と川に挟まれた地を通ることになりますが、現在も名神(トンネル)、JR東海道線、阪急京都線、東海道新幹線、、旧西国街道、国道171号線、そして淀川を挟んで京阪本線と、重要な交通ルートがこの地にかたまっています。今も昔も要害の地であり、日本の生命線であることに変わりはありません。

 

さて駅の北側の踏切を渡り、天王山の陶板表示板のある自動車道を真っ直ぐ登り、大念寺を右に見てそのまま進んだところに宝積寺があります。このお寺の境内に入り、本堂前を右へ抜けると、天王山へ続く登り道です。途中で右折して、アサヒビール・大山崎山荘を経由するルートもあるようですね。

 

Photo_99 少し足がだるくなるころに三川合流(木津川・宇治川・桂川が合わさって淀川となる)の地が俯瞰できる展望広場があり、逆光の中を淀川が滔々と流れていました。その向こうには、樟葉の高層マンションがひときわ目立っていました。天王山はぼた餅のような山ですから、取っ掛かりの傾斜はキツいものの、ここまでくれば穏やかな登りになります。旗立松までもうひと頑張り。

 

Photo_100 Photo_101 ほどなく石の鳥居と合戦場を見下ろす展望台に到着。眼下には主戦場となった地と、三川が集まる低地帯、そのはるか向こうに伏見丘陵と京都市街が望めました。鳥居の横には合戦屏風のようなイラストがあり、数では秀吉軍に負ける光秀軍が苦戦している様子が描かれていました(光秀本陣は左上の方)。

 

Photo_102 さらに山道を登っていくと、酒解神社を経て標高270mの天王山山頂に着きます。かつての城の名残で、山頂付近では礎石が転がり、またいくつかの建物があったであろう平坦な地も見られました。強者どもが夢の跡、小さな石塔周辺には落ち葉が舞い集まっていましたが、優しい冬の陽差しが寂寥感を薄めてくれていました。

 

 

 

 

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