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2008年12月29日 (月)

師走の吉野山 その3(奥の千本)

本日3つ目の記事です。その1その2に続けてお読み下さい。

Okusen1 さて歩くのにも疲れてきた頃、金峯神社に到着。吉野駅からここまで8km弱の登り道です。さすがに年末にここまで来ている人は見かけませんでした。

神社の境内を過ぎてさらに登り道を山の中に入り、道標で「せっかく登ったのに勿体ないな・・」と思いつつ谷間に下りていくと苔清水といわれるところに出ます。

とくとくと落つる岩間の苔清水 汲みほすほどもなき住居かな

後年ここを訪れた芭蕉

露とくとく 試に浮世 すすがばや

春雨の 木下に伝ふ 清水かな

と詠んでいます。芭蕉翁もこの地に来たのかと思うと、感無量になりますね。

Okusen2 苔清水から少し歩いたところに西行庵が建っています。

もちろん西行が住んでいた建物ではありませんが、山中の奥深くにありながら、樹々の合間をぬって日射しが降り注いでいます。西行といえば、

願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの もち月のころ

が有名ですね。

庵が建っているのは急斜面の谷間にある貴重な平坦地ですので、もともとは寺院か何かの跡だったんでしょうね。明治維新の廃仏毀釈後、このあたり一帯は大きなダメージを受けたそうです。

Okusen3 西行庵でしばしの日向ぼっこの後、最終目的地である青根ヶ峰に向かいます。

この道は山上ヶ岳に続く奥がけの道ですから、途中から女性は入山できません。いわゆる女人結界があります。

修学旅行の登山でも、男子は山上ヶ岳、女子は結界のない稲村ヶ岳に分かれる学校もあると聞きました。

Okusen4 吉野駅から青根ヶ峰までは標高差700m、約3時間の行程とみていいでしょうね。ただし頂上は樹木で覆われているため、眺望はききません。

山上ヶ岳の方に少し歩けば伐採されている斜面がありますが、そこからだと高野山方面が望めます。

奥がけの道ですが、学生時代に青根ヶ峰~山上ヶ岳山上ヶ岳~弥山を歩いていますので、一度弥山から前鬼方面に歩いてみたいものです。西行は2度ほど踏破したらしいですが。

Okusen5_2 帰りは古典で学んだ「象の小川」を経て宮滝に下山する山道をとろうと思ったのですが、すでに3時を回り、途中で日が落ちることになる心配があったので、来た道を引き返すことにしました。

案の定、下千本の七曲がりあたりで、陽が沈もうとしました。街灯のない山道ですから、駅まで急ぎ足で駆け下りていきました。

下調べ不十分で目的地が変わりましたが、充実した一日でした。桜の花が舞うお茶碗と、お店で包んでくれた柿の葉寿司のお土産を手に電車の人となり、ほとんど人のいない車両内で祝杯をあげました。

これで今年の日記は終了です。西行がさいぎょになりました。coldsweats01

皆さん、よいお年をお迎え下さいませ。

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師走の吉野山 その2(上千本)

その1から続きます。

Nakasen1 吉野の町を後にして少しずつ高度を稼いでいくと、上の千本のエリアに入ります。

桜の木は冬になると葉を落として冬枯れの状態になりますが、ところどころ、こんもりと葉をつけている木があります。

よく見てみると、それは桜の木に寄生したヤドリギなんですね。

周囲を見渡すと、けっこうヤドリギがあるのに驚かされました。

Nakasen2 上の千本水分神社近くまで来ると、蔵王堂がはるか下の方に見下ろされるようになります。ポスターなどでよく見かける風景ですね。

このへんまでは吉野駅からぶらぶら歩いて2時間弱くらいでしょうか?

高低差は約400mくらいです。

Nakasen3 水分神社です。ミマクリではなくミクマリ神社と読むそうです。ワタシもずっと間違って記憶していました。coldsweats01

このあたりまで来ると、観光客はほとんどいなくなりますので、静寂の世界に浸ることができます。

先日の雪でしょうか、屋根の上はうっすらと白くなっていました。

Nakasen4 神社で見た西行法師の木像です。

西行は鎌倉時代初期の武士で、出家してからは3年ほど吉野で隠遁生活をしていたそうです。

ウィキペディアによると、

勅撰集では詩花集に初出(一首)。千載集に十八首、新古今集に九十四首(入撰数第一位)をはじめとして二十一代集に計265首が入撰。

とあります。時の流行作家だったわけですね。

Nakasen5 水分神社をあとにして高城山を越えると、東方に美しいシルエットの山が見えてきます。

関西のマッターホルンともいわれる(少々大げさかも)高見山ですね。

冬になると霧氷が美しく、王寺付近の通勤電車からも、その白い姿が望めます。

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師走の吉野山 その1(中千本)

土曜日の午後でも開いている王寺の郵便局へ自転車で向かう途中、奈良盆地を取り巻く山々の隙間から、大峰山や高見山が顔を出していました。明日も好天が続きそうなので、大峰山系のひとつである観音峯行きを決めました。

Zaou1 下市口駅発の天川村行きのバスに乗るため、近鉄電車の人となります。橿原神宮前駅からは単線となり、乗客がまばらな電車はのんびりと進んでいきます。

ようやく下市口駅に到着。10時15分発のバスに乗ろうと時刻表を確認したら、ギョエー!!coldsweats02、その時刻のバスbusは12/1から冬期運休に入っていたのでした。あぅあぅ・・。crying

で、目的地を奥の千本西行庵に変更しました。

Zaou2 吉野駅まで再び電車の人となり、そこからテクテクと吉野山の最高峰・青根ヶ峯に向かいます。

蔵王堂ではちょうど護摩焚きの行が行われていました。

太鼓の音が身体中に響いてきます。通りがかりの旅人に過ぎないワタシですが、今年1年の区切りをつけるべく、無の境地にひたって手を合わせました。

Zaou3 50年以上奈良県人をやっているワタシですが、吉野はまだ3回目です。しかも桜の季節には一度も訪れていません。

通学通勤の足だった近鉄電車のポスターでは、吉野山の桜の風景を何度も見ているのですが、雑踏がキライなので、これからも見ることはないかもしれません。

師走の暖かな日にもかかわらず観光客もまばらで、まだ正午前だというのに、蔵王堂の柱は長い影を落としていました。

Zaou4 昨日よりは雲が多いお天気で、陽が翳るとやはりずんと冷え込んできます。

蔵王堂を後にして、次の目的地に向かっていきます。

吉野は尾根上に道がありますから、両脇に並んでいるお店は、入り口が1階でも裏へ廻ると3階や4階になっていることが多いですね。

こういう建て方を吉野造りというのだそうです。かつて歩いたネパールの村々を思い出しました。

Zaou5 胃腸薬の陀羅尼助丸のお店です。

薬をほとんど飲まないワタシですが、昔々祖父母がダラスケと言っていたのを思い出しました。

話は吉野紀行その2(上千本)に続きます。

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2008年12月25日 (木)

爽やかな口元の芸能人

Iijima 前日はクリスマスイブだったのに、飯島愛さんの訃報を知って愕然としました。

というのは昔から彼女の口元のファンだったからです。目元は化粧でゴマかせますが、口元は簡単には修整できませんよね。彼女が司会をしていた深夜番組「ギルガメッシュナイト」はしっかり起きて見ていました。

今でこそパソコン検索で画像がすぐに引き出せる時代です。でも20年近く前はそんな便利なツールはなくて、雑誌の写真をよく切り抜いたものです。

ハート型の唇からのぞくスマイルラインは、彼女のチャームポイントでしたね。

ご冥福をお祈りいたします。合掌。

Tumabuki_2 さて男性で爽やかな口元といえば、この人でしょう。

来年の大河ドラマ「天地人」の主人公の妻夫木クンです。TVドラマは滅多に見ないのですが、「ブラックジャックによろしく」はよく見ていました。

戦国時代にこの髪型はないやろ~というツッコミはおいといて、ワタシもこんな口元だったなら人生が変わっていたかもしれません。catface

Kitise そうそう、この大河ドラマにはこの方も出演されるようです。

どちらかといえばCM女優さんで、富士重工の車・フォレスターや、伏見のお酒・黄桜のCMにでておられます。この黄桜のCMがまたツボにはまるんですね。

左口角のほくろが色っぽくて、こんな方にお酌されたらきっとメロメロになってしまうに違いありません。

Kitise2 でも彼女のブログなどを見てみると、結構現代的な女性なんですね。

まぁ今時、和服が中心の女性は少ないと思いますが、ただ残念なのは、芸能人にしては歯のエステが完全でないことですね。

Kitise4 もしウチの診療所に来ていただけたら、審美歯科の不完全なところを無料でやってあげるのになぁ・・・と思っています。

でも、ワタシのブログなんて彼女は絶対見ることはないですよね・・・。う~ん。bearing 

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2008年12月19日 (金)

誇りを持てる歯科医療

先日の日曜日、某スタディグループの「誇りを持てる歯科医療を行うための我々の挑戦」という発表会に行ってきました。

P1000006 場所は中之島センター10Fの佐治敬三メモリアルホールです。

最初はどこかわからなくて、佐治敬三というくらいだから、サントリーホールが改名したのかな?と思っていましたが、大阪大学の本部があったところなんですね。

今では更地になっていて、その中央に10階建てのビルがぽつねんと建っていました。

P1000004 会場入りしてロビーから外を見ると、真新しいビル群が目を引きました。昔、ここには医学部附属病院がありました。

左手の低い方のビルがABC朝日放送です。そういえばTVでは春先あたりに、福島から引っ越したとか言ってましたね。

それに隣接して「ほたるまち」というエリアがありました。1枚目の写真は、その近辺から写した中之島センターです。

P1000005 発表会の方ですが、スタディグループとしては異例の規模で、会場はぎっしりと詰まっていました。臨床部門では九州の重鎮であられる下川先生も来られていました。6月の博多の講演会でお会いして以来です。

ワタシは例のごとく、スライドの症例写真をきっちり見たいために最前列に陣取りました。

内容はかなり濃くて、各部門の発表者は相当勉強してきたんだなぁ・・という印象を受けました。

歯科は総合的な科ですので、例えば口腔外科だけに秀でていても、それだけでは不十分です。根管治療、歯周病、ホテツ処置、保存処置、それらがハーモニーを取り合って、初めて長持ちする治療となります。最後は包括歯科臨床の貴重なお話を聴くことができました。

P1000008_2  この秋、京阪電車が中之島まで路線を延長しましたが、今日は一日中座りっぱなしだったため、淀屋橋方面までストレッチしながら歩くことにしました。すると前方、大阪市役所あたりに人だかりとまばゆい光が見えてきます。どうやらOSAKA光のルネサンスという催しらしいです。

大阪市役所から中之島図書館まで、光の通路となっていました。

P1000009 そして終点は中之島の中央公会堂です。

ほんのちょっとしたことで、北の寒い国に来たような錯覚を覚え、パルナスの懐かしいCMソングが口から出てきました。

モスクワの味♪といっても、実際に食べたことはありませんが、パルナスのケーキはどこで食べられるんでしょうか?

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2008年12月14日 (日)

坂越の尾根を歩く

通勤途上のヒマつぶしに、JR西日本の「駅からハイキング」のパンフレットをときおり読んでいます。

で、この冬も青春18きっぷを購入したので、この土曜日に兵庫県の坂越(さこし)というところに行ってきました。

http://www.jr-odekake.net/navi/jr_hiking/info_ekikara.php?pa=2&se=43

Sakositera 坂越は赤穂の外港として栄えた町です。城下町赤穂は干拓地なので、大きな船は入らなかったのでしょうか。

天然の良港である坂越は昔から港として賑わい、赤穂の塩を運ぶ廻船が行き来していたようです。途中で見た坂越小学校の校章は、イカリのマークに「坂」というロゴでした。

http://www.ako-sakoshi.org

JR大阪駅から新快速「播州赤穂」行きに乗れば、1時間半ほどで坂越駅に着きますが、こぢんまりした駅前にはほとんど人影はありません。

自販機はありますが、坂越の町も含め、コンビニはあったかな?という感じでした。行動食はあらかじめ用意しておいた方が無難でしょう。

駅から山の切り通しを経て、坂越の町まで15分ほど歩きます。

写真は茶臼山中腹にある妙見寺観音堂から見た生島です。

Photo ここからさらに背後の山を登っていきます。

宝珠山の稜線に出るとアップダウンの繰り返しになりますが、瀬戸内の風景は疲れを吹き飛ばしてくれます。遠くには家島諸島赤穂の市街地が、そしてうっすらと小豆島も見えました。

12月とはいえ、ほとんど風のない暖かい1日でした。

そしてベタ凪の海面に描かれる航跡にも癒されました。

Aioi 人気度がベスト3に入るハイキングコースとはいえ(ちなみに1位は安土)、京阪神から少し離れたところにあるせいでしょうか、稜線に出ると誰一人として見かけませんでした。

落ち葉を踏みしめ、まだまだ残る紅葉や赤い実を愛でながら、師走の1日を楽しみます。

春にはドウダンツツジが美しく咲き誇る道だそうです。前方に見えるのが相生湾ですね。

Siosai 3時間ほどのぶらぶら山歩きを楽しんで小島という集落に下り、海岸沿いを少し歩くと「しおさい市場」がありました。

小ぶりな市場ですが、地元の名産である牡蠣などが売られていて、しかも思ったよりも多くの人が訪れていてビックリです。冬にハイキングする方が珍しいのかな??

ワタシは牡蠣フライと穴子寿司をアテにして、生ビールを楽しみながら遅めの昼食をとりました。

Sakagura_2 しおさい市場から坂越の町を経て駅に向かったのですが、新快速電車が1時間に1本しかないため、街並み散策もそこそこに、少し早足で歩きました。

それでも千種川の橋からダッシュして、息絶え絶えに電車に飛び乗ったという結末になりましたが。。。coldsweats02

坂越は文字通り、千種川から坂を越えたところにある趣のある町です。

それは路地裏などを少し入ってみるとわかります。

いわゆる漁師町でもなく、城下町でもなく、江戸時代の港町の面影を濃く残していました。

翌日は赤穂城で義士祭がありますが、忠臣蔵は脚色され過ぎて、何となく好きではありません。

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2008年12月 6日 (土)

♪モリシのGOALが見た~い!

Morisiposter セレッソ大阪で18年間もプレーし続けた森島選手が、12月6日の愛媛戦を持って引退します。

日韓ワールドカップのチュニジア戦では得点を決めていますが、Jリーグでいちばん腰の低い人という評価も得ています。

実際ワタシも何度かサインをいただきました。

鶴ヶ丘駅からスタジアムまでの道には、あちこちでポスターが貼られていました。

Morisimoji モリシを愛したサポーターもゴール裏に人文字を作ります。

ゴール裏中央部に、何年も背負ってきた栄光の背番号「8」がくっきり浮かび上がりました。

Morisimaku そしてワタシの応援仲間もモリシに感謝をこめて幕を作って掲げました。

ちなみに「が」と「と」はワタシが描きました。

2週間前の雨の日曜日のことです。

Morisimoniter モリシはずっと体調が悪くて試合に出られるような状況ではありませんでした。

今日は控え選手で登録され、ロスタイムの1分間ほど、ピッチでその姿を見せてくれました。

選手紹介で電光掲示板に映るのも、今日が最後でした。でも監督として、また映ってくれるかもしれませんね。

Morisiaisatu 最後の挨拶では、今までお世話になった人々やサポーターに感謝の言葉を述べていました。

お子さんを抱いた奥さんから花束をもらい、場内を一周します。

皆モリシが好きだったので、花道を最後まで見届けました。そして香川選手とのコンビで、シュートも披露してくれました。モリシは最後までサービス精神が旺盛でした。

Morisigoalura_2  モリシありがとう。

あなたに出逢えて幸せでした。

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