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2009年4月28日 (火)

信長公に会いに・・・

P1000015 この土日は名古屋で研修でした。両日ともに少数精鋭・昼食中もビデオ視聴と、ぶっ続けで走る研修会でしたので、受講生だけでなく講師の先生もヘトヘトだったと思います。

講師の先生は九州のとある島で開業されておられるのですが、そのバイタリティは凄まじく、すでに3000名ほどが受講済みなんだそうです。1回あたり10人ちょっとなので、単純計算では200回以上になるのでしょうか。自分の持ってる臨床のコツなどを惜しみなくさらけ出していただきました。

例によって帰りにどこかに寄ろうと思いましたが、名古屋にはこれといった観光地がありません。歴史にしても、信長が駆け抜けた時代からのものがほとんどですから、京都奈良近辺に住む者にとっては、中途半端な感が否めません。

Kiyosu6 それにしても名古屋は今まで99%通過するだけで、わざわざ立ち寄ったのは学会とJリーグの応援と昨年の研修会の3回だけです。今回も大阪での研修が満席だったため、単に東京や福岡よりも近い名古屋会場を選択しただけですから。

名古屋城は徳川のお城ですから、何か権力を振りかざして諸大名に普請させたイメージがあるので、今回はパスしました。

そして信長公ゆかりの清洲城に向かいます。といっても、信長公がおられたときは天守はありませんでした。それが造られたのは息子の信雄の時代らしいですね。

20年前に造られた天守は新幹線からもよく見えます。線路から60mしか離れていないから当然といえば当然ですね。

Kiyosu1 JR清洲駅から標識にしたがって15分ほど歩きますと、線路脇にちょっとした高みがあります。

石段を登っていくと、右大臣織田信長公古城跡と書かれた石碑が建っています。おそらくこの高みが本丸跡なのでしょうね。

家康が尾張の国府を名古屋に移したときに、清洲城は廃城となりました。現存する名古屋城の清洲櫓は、清洲城の天守を移したものだと伝えられています。

濃尾平野のど真ん中、見える山なみははるかかなたです。この広大な地で、若き信長公は大いなる野心を燃やしたに違いありません。

Kiyosu2 古城跡の碑があるところから五条川をはさんだ対岸に、平成のお城がそびえています。

といっても時代考証は心許なく、建てられた場所は天守跡ではないし、また最上階の回廊も、当時の町長さんが「景色をもっと見やすくするため付けたらどないや?」と言ったものだとかwwww。

清洲城を偲ぶには、先述の清洲櫓に行った方がいいのかもしれません。

そういえば岐阜県境には天守のある墨俣城がありますね。ふるさと創生金の1億円で造られたそうです。そもそも砦程度の城跡に、純金のシャチホコまで載せた天守を建てるなんて、当事者の文化度を疑ってしまいます。

Kiyosu5 清洲城跡は東海道線と新幹線で分断されていて、あまり昔を偲べない状態ですが、それらのガード下をくぐり抜け、ちょっとした森になったところに信長公がおられました。

南向きのその目は遠く桶狭間方面を睨み付けているのでしょうか?

尾張を制覇した後は、美濃、近江、伊勢、越前、加賀、京都、大坂、大和までその勢力を広げましたが、燃えさかる本能寺の中で49年の生を閉じられました。

いつの間にか信長公の享年を過ぎている自分がいます。夢幻の人間50年ですが、まだまだ夢は追い続けていくつもりです。

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2009年4月23日 (木)

よく噛める?噛めない?

水曜日の午後は衛生士学校へ講義に行っています。寝かさない講義が目標で、実際にほとんど全員が寝ないで真剣に聴いてくれてます。てか講義の度に小テストをして、成績の悪い者は次回は一番前で受講しなければいけないから、聴く方も必死になるんでしょうが・・・。

Matui  かといって、ツマラン講義では聴かされる方は可哀想ですから、いくつかのグループに分けてディスカッションする時間も入れています。これも順位がかかっているから、必死ながらも楽しんでくれてます。

昨日のテーマは「よく噛める人・噛めない人」でした。

噛める人には、やはりスポーツマンが選ばれています。

野球ではゴジラ松●、イ●ローなどが選出。上写真のミートの瞬間って、顔の筋肉がすごいことになってますね。それとイ●ローの歯並びは、上前歯に突き上げる力がかかってそうで、将来的に少しビミョーですね。

Miyasato_2 ゴルフでは左の人が、格闘技では魔●斗や亀●兄弟やチェ・●ンマンらの名前が挙がっていました。

そしてプロレスラーも、佐々●健介やジャガー●田など何名か。

芸能界ではホンジャマカの石●や森久●子やトミー●雅らの名前が挙がりました。よく食べそうな人や、顔ががっしりした人が選ばれる傾向にあるようです。

Mrokure_2 

逆に噛めなさそうな人も、1グループにつき、30~40名ほど名前が挙がりました。

その理由を分析してしてみると、

1.顔 ・・・ 小さい、細長い、顎がシャープ、頬がこけてる、顎がゆがんでいる etc

2.口元 ・・・ だらしない、歯並び悪い、入れ歯っぽい、顎関節症っぽい、差し歯やから、言葉が聞き取りにくい etc

3.身体 ・・・ ひょろひょろしている、姿勢が悪い、不健康そう、骨が弱そう etc

4.イメージ ・・・ 気力なさそう、たよりなさそう、菜食主義そう、ダイエットしてそう、軟らかいもの好きそう、明るい会話してなさそう、テレビ写り気にしすぎ、すぐ飲み込みそう etc

とまぁ、勝手なことを言い合いしてました。coldsweats01

Ungirls_3 Haruka_2

でもヤセの大食いとかで、実際の彼や彼女たちは、大食漢なのかもしれません。でも、よく噛めなさそう=不健康・姿勢悪い・ヒョロヒョロな人といういうイメージを持たれているんですね。

歯科大学の生理学の実習で、咀嚼能率のテストというのがありました。一定量のピーナツを何回か噛んで、3種類ほどの網目を通して、その粉砕度を測定するというものでした。その頃のワタシは噛み合わせが悪かったので、少しズルして多い目に噛んだのですが、それでも結構大きなピーナツ片がたくさん残って、凹んでいた記憶があります。まぁそれが今では「もっと噛めるようにしてあげたい」という、診療のエネルギーになっているんですけどね。

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2009年4月13日 (月)

淀川サイクリング

P1000015 小中高と同級生だった友人がロードレーサーを買ったという話に刺激され、軽快に走れる自転車が欲しくなりました。

で、友人の紹介で堺筋本町のサイクルショップ Y's Roadへ。

堺筋に面したお洒落で広い店内には、芸術品のような自転車がズラリと並んでいました。値段を見るとあうあう・・・でしたが(笑)。

Bianchi1 もともとワタシは自転車が好きで、駅までの通勤は息子のお下がりの通学用チャリ、職場ではマウンテン風バイクを利用しています。

レセプト出しや診療所近隣での買い物に使用しているマウンテン風バイクは、10年くらい前に1万円代で購入したものです。でもフレームには「悪路は走行しないでください」と書かれたシールが貼ってありますwww。

今回購入したのは、ロードレーサーとマウンテンバイクの双方のええとこどりをしたクロスバイクというジャンルです。慣らし運転のため、お店から堺筋を北上し、証券取引所前からは大川&淀川に沿って走ってきました。

Bianchi2 中之島から枚方公園付近までは自転車専用道路が走っています。以前、北浜にあった商社の診療所で働いていたとき、この道を毛馬の閘門まで、往復10キロのジョギングによく行ってました。

この道は毛馬までは大川沿いですから、多くの花見客で賑わっていました。写真は天満橋の下で停泊していた水上バイクです。おそらく上陸して花見宴会でもしているんでしょうね。

今年の桜は長く咲いていますね。でも金曜日あたりから散り始め、大川の水面には花びらがたくさん浮かんでいました。

Bianchi3 毛馬の閘門付近です。ここには蕪村「春風や 堤長うして 家遠し」という句碑があります。

ここから淀川沿いに走っていきます。写真でおわかりいただけるように、枚方公園付近までは堤防上と河川敷の2つのルートを取れます。信号はまったくありませんが、そのかわり単車の進入を防ぐポールがときどきあって、その度に減速しないといけません。

Bianchi4 枚方付近の河川敷では10m四方くらいの大きな凧が揚がっていました。

大阪平野はもともと低湿地帯が多いので、自然の森のような緑が少ないですね。でもこの淀川沿いはず~っと公園になっていて、多くの市民が憩っていました。

今回購入したのは、昔から憧れていたイタリアのBianchi社のもので、Cieloといいます。ビアンキは生産台数が少ないので、たいていは予約待ちしないといけません。でも今回は在庫があってとてもラッキーでした。

ちなみにこのBianchi社特有の色はチェレステ色といって、ナポリの空をイメージしているのだそうです。

Bianchi5 ようやく枚方公園付近まで到着です。向こうに霞んでいる山は京都府境の天王山です。

木津川・宇治川・桂川の三山合流地点にある背割堤の桜も見応えがあるそうですね。

でも帰りのことを考えて、Uターンしました。案の定、向かい風をまともに受けて、京橋まで戻った頃はへろへろでろでろ状態でした。

Bianchi6 この日も全国的に夏日だったとか。

冬の間眠っていた木々たちは、蓄えていたエネルギーを放出するかのように、天に向かって新しい芽を出していました。

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2009年4月10日 (金)

大阪城の桜

昼休み、レセプト提出がてら、大阪城に寄ってきました。

桜が満開で、多聞櫓などでは落花の舞を楽しめました。

今回は写真がメインです。

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2009年4月 6日 (月)

戦士たちの春 -真田山-

Sanada13 玉造駅から南西に向かって300mほど歩くと、地形が周囲より小高くなっているところがあります。

大坂冬の陣真田幸村が出城を築き、徳川家康軍をさんざん苦しめたという伝説がありますね。この出城を真田丸といい、現在は公園などになっています。

今、大坂城の天守閣では「いくさ場の光景」という特別展があって、真田幸村関係の資料も何点か展示されていました。http://www.osakacastle.net/exhibition/special.html

Sanada1 この真田幸村の銅像は、三光神社の鳥居前に立っています。そしてその斜め後ろには「真田の抜け穴」の入り口があります。

この抜け穴はかつて大坂城に通じていたそうですが、現在は地下鉄工事やビル建築などで寸断されているそうです。太閤下水などを作った秀吉ですから、抜け穴も作っていてもおかしくないですね。

冬の陣で勝利した徳川方は、苦しめられた真田丸をつぶし、さらに大坂城の外堀まで埋めてしまいました。そして夏の陣で、真田幸村は家康の本陣にあと一歩の所まで襲いかかるも、安居神社のあたりで壮烈な最期を遂げました。享年49才でした・・・。

合掌。

Sanada10 Sanada11

三光神社の西側には旧真田山陸軍墓地があります。

日本陸軍は明治4年に作られましたが、西南の役や日清・日露戦争などで亡くなられた方がここに眠っておられます。墓石は外国人俘虜も含め約5000、納骨されたお骨は数万体あるそうですが、今ではその存在を知る人も少なく、傷みがひどい墓石も何点かありました。

http://www.jttk.zaq.ne.jp/bacas400/sanaboti/

毎年この季節、御霊を慰めるかのように桜の花びらが降り注ぎます。合掌。

Sanada14 すぐ北側にある宰相山公園からは、ドッジボールに興じる子供達の歓声が聞こえてきました。

桜の花は平和が似合いますね。

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