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福島県のお城

東京フォーラムで学会があった折りに、福島県の100名城を3つ駆け抜けてきました。義援金以外に何のお手伝いもできず、風評被害で困っている観光地にせめてお金だけでも落としてこようと思ったのです。

まずは東北新幹線「なすの」で白河小峰城に向かいます。このお城は東北本線白河駅のすぐ横にありますが、駅のホームからは、崩れて痛々しくなった石垣が遠望されました。

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大手門に回ると立入禁止になっていました。真正面の枡形の石垣が大きく崩れているのがわかりますね。次の電車まで1時間ほどあったので、お堀にそって歩いてみました。

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こちら側は搦手というか、お城の裏口になります。撮影スポットの後ろ側、割と近いところを阿武隈川が流れていたので、この高みは河岸段丘か、自然堤防を利用したものだと思われます。川と堀で二重の防御になっているのですね。自然の地形を利用したものですから大きく崩れることはなかったんだと思います。

それと対照的に、人工の手が入っている大手門側や宅地化しているところの被害が大きかったのは、やはり人間の普請したものはどこかに無理があるのでしょうね。

白河からローカル列車に揺られ郡山に向かい、そこからバスで会津若松城のそばまで行きました。かつて蒸気機関車の煙を避けるため、町外れに駅が作られたことが多いJRに比べ、高速バス網は町の中心部まで入っていけるので便利ですね。

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このお城は奥羽越列藩同盟と政府軍との戦いや、白虎隊の悲劇で有名ですね。馬出しのような出丸を三方に配置した縄張りは、甲斐の武田氏のそれによく似ています。思った以上に小ぶりな天守でしたが、その姿はとてもイケメンでした。

再び高速バスの人となり二本松に向かいます。二本松インターのバス停で下りて、小高い丘をえっちらおっちら登っていけば、ほどなく二本松城の城内に入ることができます。本丸の天守址まではさらにひと登りが必要でした。このお城からは安達太良山が遠望できるのですよ。昨年の学会前に雨の中を登ってきたことを思い出しました。途中に高村光太郎の「あれが阿多々羅山 あの光るのが阿武隈川・・・」の有名な歌碑がありました。旅情がかきたてられ、思わず何度も口ずさんでしまういい詩ですね。

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照りつける日差しの中、次は小一時間かけて智恵子の生家まで歩いて行きました。風評被害のせいか、暑すぎるせいか、観光客はほとんど見かけなかったのが少々さびしい気もしました。

壊れた家はまた建て直すことができるけれど、それ以前に自宅に帰ることさえできない避難区域の人を思うと、やりきれなく苛立たしい気持がつのってきます。いつか皆さんが笑顔で戻れますように。

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