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百名山完登 -南アルプス・光岳-

山道がこんなに美しいものだと認識したのは初めてだった。
そしてはるか彼方に霞む赤い小屋が、光彩を放つルビーのように思えた。

山は様々な姿を見せる。
そして山屋はシルエットから山名を読み解く習癖がつく。...
名山と崇められる山々は、ポスターや雑誌表紙での自己主張を通して、
知らないうちに我々の脳裏にその姿を刷り込んでいくのだ。

存在感のある山が憧憬の対象となるのにそう時間を要としない。

光岳、この山の輪郭を思い描けるのは果たして幾人いるのだろう?
ガイド書を紐解いても、光石の方がクローズアップされることが多い。
山の雑誌をめくっても、特集号でない限り、写真で目にすることはない。
よしんば掲載されていたとしても、長大な山なみのひとつの高まりに過ぎないのだ。

「なぜ深田はこの不便で目立たない山を、百名山のひとつに加えたのか?」
登山口への道路崩落、補修後の再崩落で、2度のチャレンジが潰えた昨年、
半ば恨みを持ってこの山のことを思ったものだ。

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40年ぶりに畑薙の大吊り橋を渡り、深山の趣き濃いウソッコ沢を遡り、
標高差1500mの急登にへばりながら、ようやく茶臼小屋に辿り着いても、
まだなお神経が昂ぶって、心底休息することができなかった。
夜行バスの疲れが尾を引いたせいか、
ご来光ギリギリまで、寝袋から這い出す気力もなかった。
これが百名山への旅の終止符を打つというプレッシャーなのか。
昨年より続く3度目の挑戦で、この胸のつかえから解き放たれるのだろうか?

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大学2回生の夏合宿は、畑薙から塩見ピストンの三伏峠までの南部縦走であった。
超特大のキスリングを背負い、気合いと根性で歩かされたことを思い出した。
そしてその時、僕は初めて標高3000mを越える世界を体験した。

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そんな昔の話を心の奥から呼び覚ます作業を続けながら、稜線の縦走路を目指す。
目の前には朝陽を浴びた上河内岳、聖岳、荒川三山、赤石岳がずらりと並んでいる。
その3000m級のスケールの大きさに驚き、圧倒されるというより、
なぜか心から楽しくなって、ニヤリとしてしまった。
やはり山が好きなんかなぁと思いながら、茶臼岳へ続く砂礫の道を歩んでいく。

茶臼岳のピークに立つと、遠くの地平線まで見渡せる。
さすがに南アルプス、長大で重厚な山々が圧倒的なオーラで迫ってくる。
北にずらりと並ぶ巨大な山塊に対し、これから目指す先はたおやかな峰々だ。
この乗っ越しを境に、南北の峰々の姿のなんと対称的なことか。
慌てて地図を広げ、山名をひとつずつ同定していく。
そしてはるかはるか遠くに赤い小屋が確認できたちょうどその時、
不覚にも心が震えるのを感じた。
そしてその背後の小さな高まりが「光岳」だと気づいたとき、
僕の興奮は最高潮に達した。

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再度地図を見返しながら、稜線をなぞっていく。
希望峰、易老岳、イザルヶ岳、センジヶ原と空中に指でラインを引いていく。
そして何と美しいトレールなのだろう!と心から思った。

実際に歩いたルートは、花あり湿地あり木道ありと、じつに変化に富んでいた。
そしてほとんどが苔むした原始の森であり、有史以前より続く緑の楽園であり、
至る所でダイナミックな地球の営みを感じることができた。
連綿と紡がれてきた生命の営み、それはまさしく地球の歴史ともいえる。
大げさに言えばその森の奥に、神の存在を感じたのかもしれない。
長いルートですれ違った山旅人は、10名いくかいかないかで、
そんな中で神々、いや森の精霊達といった方がいいのだろうか、
ともかく彼らとの対話を楽しみ、自己とも対峙できた至福の時間であった。

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そしてとうとう深田が選んだピークに立つ。
いや立つというより、展望のない森の中のひとつの高まりの、
その地味な三角点にそっと手を置き、百個目の記念に日の丸を立てかける。
誰もいない山頂でセルフ撮りをして、しみじみと我が人生を振り返る。

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動物や自然が好きで、それを学ぼうと思った大学の受験に失敗したこと、
本意ではない大学のワンゲル部では、体力的についていけずに腐っていたこと、
卒業後は野田知佑の影響でカヌーを始め、西日本のあちこちに遠征していたこと、
そのサークルのリーダーの突然の海難事故で、パドルを握らなくなったこと、
40代半ばでメニエール類似疾患にかかり、めまいや吐き気、複視に苦しんだこと、
そのリハビリがてらウォーキングや西国巡礼道・熊野古道踏破を始め、
それがいつのまにか50代からの登山の再開に繋がったこと、
母を送り父を看取り、仕事を復活させ、新たにオフィスを作り、息子が一人前になり、
ようやく自分の時間が作れるようになったこと、
そして部活では落ちこぼれだった自分に、百名山チャレンジを課したこと、
そんなことを思いながら獣のにおいの濃い苔むした原始の森を黙々と歩く。

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幻想的なミスト、木々を貫く朝陽、可憐に揺れる小さな花、水滴のマジック、
突然飛び立つホシガラスなど、神は退屈しのぎに様々な出し物を披露してくれるのだ。

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岩と氷のごつい山は今でも苦手だけれど、
踏み荒らされていない原始の森を行くとき、僕はやはり心が躍るのだ。
北アルプスの岩峰よりも、たおやかな上信越や東北の山々が身体に馴染む。
そして四季の小さな変化を見つけることを楽しむ自分にも気付いている。

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世の中の多くの出来事が、理由あって存在している。
一見無駄に見えることが、ハーモニーを奏でて偶然から必然になる。
還暦が近づくにつれ、そんな法則があることを素直に思えるようになった。

よくぞ光岳を百名山のひとつに選んでくれたと、
今ではつくづく深田久弥に感謝している。
ピークや山の形ではなく、そこへ行くまでの原始の森を抜ける長大なルート、
当然ながら人の営みの希薄な世界、熊野古道を思わせるような精霊達の住処、
人を寄せつけない厳しい自然界、それと対称的な山小屋の暖かさ、
それらをすべて含めて余りあるのが「光岳」なのだ。
日本アルプスの最南端で、全世界のハイマツの限界地という、
深田が選考理由に挙げたそんな名目よりもだ。

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百名山チャレンジはたしかに僕を成長させてくれた。
理解を示してくれた家族、一緒に登ってくれた山友達、
お世話になった小屋の人たち、その他大勢の人たちに感謝の意を捧げながら、
次のプランを練っていきたい。
そして自然のはかなさと美しさ、四季の移り変わりを鋭敏に感じる心を、
多くの人たちに写真を通して伝えていきたい。

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僕の旅はまだまだ続く。

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