カテゴリー「文化・芸術」の4件の記事

箱崎竜平展 2009京都

Wakuden_2 Sakaimati5_2

以前の記事にも書きましたが、2年ぶりに箱崎竜平展に行ってきました。

京都の町を歩いたのも2年ぶりです。

祇園祭を2週間後にひかえたこの町には、ところどころで紫陽花の花が咲き、季節の彩りを添えていました。

会場は堺町と御池通りの交差を南に下ったところにある堺町画廊というところです。

お隣の和久傳という料理屋さんのように、町屋を改装した造りになっています。

Sakaimati6 Sakaimati2

箱ちゃんは中高の同級生で、10年くらい前から奈良の田原の里にある工房へお邪魔したりしています。そのため各年代の作風の微妙な変化を楽しんでいる一人になっています。

初期の頃は、箱崎ブルー箱崎エンジを大胆に刷毛で塗ったようなシンプルな作品が多かったのですが、年々いろいろな創意工夫をされているようです。

Sakaimati1 Sakaimati4

無彩色の白磁っぽい器も創られていますし、また青や赤以外にも、鉄などの金属を使った彩色も試みておられます。

さらに器の表面をへらでアレンジして、立体感を出した作品も創っておられますね。

Sakaimati3 最近は花のデッサンなどを、さりげなく器に描かれているようです。

またちょっとしたアクセントの彩色も施されています。その分手間暇がかかっているんでしょうけど。

箱ちゃんの作品は、実際に手にしたり、料理を盛りつけたりした方が、その良さがわかると思います。

我が家ではほぼ毎日といっていいほど、彼の作品に料理を盛りつけお茶をつぎ、少しでも美味しくいただけるようにしています。

Sakaimatichild そして彼の人柄にとるものなのでしょうか。あるいは作品の持つ素朴な力のせいでしょうか。はたまた町屋の持つ温かみのせいでしょうか。

作品展に遊びに来ていた子供達も、屈託のないいい笑顔を見せてくれていました。

気だるくも充実した京都の昼下がりでした。

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太宰治と歯

Dazai3 時間潰しに立ち寄った書店でこんな本を見つけた。

「若いうちに読みたい太宰治」

著者は「声に出して読みたい日本語」を執筆した齋藤孝氏である。

若い時に読んだ太宰を振り返ると、実に短編小説くらいしか思いつかない。精神を病んで自殺を繰り返した経歴、あるいはデカダン的作風が敬遠させたのだと思うが、「斜陽」「人間失格」など少々難解で厄介そうなものは、どうも食わず嫌いだったようだ。そんな自分であるが、今さら太宰というのは、それなりの理由があったのだ。

Dazai 太宰の面影といえば多くの人はこの写真を思い起こすのではないだろうか。

憂いに満ちた目で頬杖をついてもの思いに耽る。それが癖になっている姿勢なのか、あるいは偶然的ポーズがたまたまシンボルになったのかは、知る限りではない。

しかし歯科医師の立場から言わせてもらえば、このポーズはにとってはマイナスなのである。つまり咀嚼時以外にある方向に過剰な力が加われば、最悪の場合、咬合の破綻を起こしかねない。あるいは噛み合わせが不安定なために、そんなポーズをとっていたのかもしれない。

どうやら実際の太宰も歯が悪かったようで、

歯こぼれし 口の寂(さぶ)さや 三日月

という句も残しているし、太宰の作品中にも歯の悪い男がしばしば登場するのも、その表れではないだろうか。

また頸を傾げるという仕草は脳神経の圧迫や血流の滞りなどを伴うので、それが長期に渡ると、人によっては姿勢の歪みや自律神経に悪影響を及ぼすのではないか。太宰の作風の経歴とあわせてみるのも興味深いことである。

Dazai2_2 女性と様々な事件を引き起こした反面、太宰は子煩悩であったとも言われているし、今も政界や文学界などで、太宰の関係者も多く見られる。

齋藤氏の著によると、太宰は命を削るようにして、傷つきやすさとプライドとの間で心をさいなまれながら、絶望の淵から這い上がるように小説を書いたという。

それが薬物依存や退廃的な生活に繋がったのなら、人は何て哀しいのだろう。

歯もボロボロになっていったのだとしたら、それもやりきれないものがある。

Dazai4j Dazai5j

最後に頭部が左に倒れた(肩が左上がり)の写真を見てみよう。ラインを引いて分析すると、どうも左側の噛み合わせが低いように思えるのだ。

資料がこれだけなので、あくまでも推定に過ぎないのだが。。。

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箱崎竜平展

Photo_244 中・高の同級生の箱崎竜平君の陶芸展に行ってきました。場所は高島屋・京都店の6階美術サロンです。4/3まで(ただし最終日の火曜日は4時まで)ですので、興味のある方は行かれてみてはどうでしょうか?一見ヘタウマ(笑)に見えるものの、手に取ると作り手の温かさが伝わってきます。飾りではなく、日常で使うと活きてくる器ですね。

土井善晴さんの言葉を借りると、

Photo_246 「私が竜平さんの器を好きなのは、見るだけで元気になれて、触れば優しい。そして何より、芋の煮っころがしをがっしりと受け止めてくれるからです。ともすれば素材の 力に負けてしまう器も多い中、竜平さんの器には、なんでもないお惣菜を、見違えるほど立派な料理に変えてくれる力があるのです。」

なのですが、まさにその通りだと思います。とくに鉢類は、ウチではお惣菜を入れるのに重宝しています。

Photo_247 Photo_248 さて、3月末日の京都ですが、満開までもう一息といったところでしょうか。慌しく大阪に向かったので、四条木屋町の高瀬川に覆い被さる桜しか見る時間がなかったのですが・・・。

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星のような物語

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先日(といっても半月前・・・)、梅田の大丸ミュージアムへ行ってきました。お目当ては星野道夫の写真展です。2年ぶりの大きなパネル写真との再会でした。

入場者は彼の写真に釘付けになって立ち止まり、なかなか前に進みません。かくいう私もアラスカの大自然の風景に圧倒され、息をのみ、鼓動が高まり、魂が揺さぶられました。本やグラビアで何度も見ているにもかかわらず、印画紙に焼き付けられた彼の写真は、深みのある光沢で、荘厳なアラスカの大自然を目の前に突きつけてきました。

ツンドラを蛇行する大河、それを横切って渉るカリブーの大群、果てしなく続く氷原、その上をアザラシを探し求めて彷徨うホッキョクグマ、海原へ崩れ落ちていく氷河、それを見つめるかのようなザトウクジラ、まるで異次元の世界のように光り輝くオーロラ・・・、どの写真も大自然の一瞬の営みが強烈なメッセージとともに切り取られています。

動物たちに目を向けると、1本1本の毛先にまとわりつく雪の結晶、口から吐き出される白い息の一粒一粒、短い夏を謳歌するように飛翔する蚊の群に息をのみながらも、ところどころに混じるユーモラスな写真が緊迫感をほぐしてくれます。

以前、氷の海にクジラが閉じこめられたとき、大がかりな機械を使って救出された様子をマスコミが報じたことがありました。それを見たエスキモー(イヌイット)の古老が星野氏にぼやいた言葉が印象に残っています。

「時代は変わった・・・。昔ならこのクジラは自然(神様)からの贈り物だよ・・・」

日本とアラスカの自然の違い、それは前者が四季の感性を穏やかに磨いてくれるのに対し、後者は「地球の生命」というものをダイレクトに突きつけてくるところにあると思います。

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