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学生時代はワンダーフォーゲル部に所属していて、在学中は南は屋久島・宮之浦岳、北は大雪・十勝山系の山々まで旅に出ていました。ワタシが入部する直前の春合宿が尾瀬の山スキーで、一学年上の先輩が、雪の尾瀬や至仏山の話をよくしてくれました。
いかんせん、尾瀬は関西からは中途半端に遠く、ましてや時間の取りにくい社会人になれば、なかなか行けるところではありません。ワタシにとって、まさに「♪はるかな尾瀬・・」でした。
ところが東京で7月中旬の木曜日と土日月、2回に分かれた研修を受けることになり、「ひょっとして尾瀬に行けるかも?」と思ってガイドブックを買い求めました。そして夜行バスをうまく使えば、その合間の金曜日を日帰り山行として十分に使えることがわかりました。
池袋を23時に発ったバスは4時頃に戸倉に到着です。鳩待峠への通行は許可車両のみですから、ここで乗り合いのマイクロバスに移動です。
天気の状況と現在の体力を考え、最初は鳩待峠から下って、尾瀬ヶ原を歩こうと思っていましたが、ガイドブックの写真のように、尾瀬を高みから俯瞰したい・・との思いを抑えきれず、至仏山に続く尾根を登る道を選択しました。このコースの半分は樹林帯で、もし天候の急変などがあっても、比較的容易に引き返せますから・・・。
日頃の行いが良いせいか、台風接近にもかかわらず、若干のガスが尾瀬ヶ原側に出ているだけで、幸い雨は降りませんでした。樹林帯が切れる度に視界が開け、右手下方には朝もやに煙る尾瀬ヶ原が見えてきます。いきおいステッキの音も軽快になってきます。
樹林の中の道に疲れて来た頃、ちょうど1時間が経過した地点がオヤマ沢で、少し上がれば尾根上の湿原の「オヤマ沢田代」です。
「オヤマ沢田代」は、ここが尾根上とは信じられないくらい広々とした高層湿原で、可憐な花がたくさん咲いていました。
先ほどまでのハイペースの歩きはどこへやら、木道に腹這いになりながら、花の撮影に夢中になっている自分がいました。
でも天候が急変するおそれがあるので、至仏山を目指して再びペースを早めるものの、次から次へと現れる山の妖精達に、しばし足を止められます。
目を凝らせば、湿原にはイワカガミの花が咲いていました。
小至仏山に近づく頃に森林限界を越え、一気に視界は広がります。遠くは尾瀬ヶ原の俯瞰、足元は可憐な花と、贅沢な旅はまだまだ続いています。白い花はお馴染みのチングルマでしょうね。
登山道を外れた所には、ところどころ雪渓が消えずに残っていました。
小至仏山のピークに上がれば、至仏山は目の前に見えてきますが、相変わらず尾瀬ヶ原側は時折ガスがかかる天候でした。
小至仏山頂上直下にはシャクナゲの花が揺れていました。
至仏山への最後の登りです。岩をよじる度に目の前に可憐な花が次々と現れます。これはウスユキソウ(エーデルワイスの一種)と、もうひとつは何でしょうね?まだ蕾の状態なので特定しにくいです。
水滴のアクセサリーをつけた彼女たちは、あたかも華やかなパーティに出かけていくかのように、黄、銀、紫、赤など色とりどりのイブニングドレスをまとっていました。
ハイマツの実?とウラジロヨウラクの花に水滴と、またまた目が釘付けになります。オヤマ沢からは花を愛でながらのチンタラ歩きでしたが、ようやく至仏山(2228m)に到着です。鳩待峠から2時間少しでしたが、誰一人として出会う人のいなかった静かで幻想的な山旅でした。
頂上から少し下ったところが高天原で、ここからはるか下方に尾瀬ヶ原が見下ろせます。はるか東方に目をやれば、雲がとぎれる度に燧ガ岳が姿を現します。
眼前に広がる景色は一見ゴルフ場のようですが、ゴルフをしないワタシにとっては、セントアンドリュースやオーガスタの名門コースでも、尾瀬ヶ原の前には完全に色褪せてしまうでしょう。それは気の遠くなるような時間をかけて、神様が作り上げてきたコースだからです。
そうそう蛇紋岩の陰ではタカネシオガマとジョウシュウアズマギクが見られました。
尾瀬ヶ原・山の鼻までは2~3時間ほどの下りですが、この道を下りのルートに取るのはオススメできません。なぜなら850mを一気に下る蛇紋岩の道は、本当によく滑ります。ワタシも2,3度しりもちをつき、その度にテンションが下がっていきました。普通は下りは登りの1/2~2/3のコースタイムなのですが、ここはほぼ同タイムで、骨折事故も多いとのこと。是非とも登りに使って下さい。
そんな悪路でしたが、メゲそうになる気分を慰めてくれたのは、やはり登山路脇の小さな花達でした。右端の黄色い花はシナノキンバイかキンロバイでしょうか?それ以外は名前がわかりませんが・・・(汗)。
樹林帯に入ったら入ったで、水浸しの悪路が続き、ようやく山頂から2時間後に山の鼻のビジターセンターに到着しました。結局、人に出会ったのは、この道を登ってきた数名だけでした。
14時のバスの時間までの4時間は、ニッコウキスゲ、ワタスゲ、アヤメなどが風に揺れる尾瀬ヶ原を気ままに歩きます。
平日でしたが、結構多くの人が訪れていました。でも他の国立公園と違って、ハイヒールやサンダルの方がいない分だけ、貴重な自然はよく保たれているのでしょう。
時々遠くを見ること、それは気ぜわしい社会に生きる我々にとって、とても貴重な時間なのかもしれません。
そして「文明」と「自然」を考える、あるいは「宇宙」に生かされていることを知る、いい機会なのかもしれません。
はるかなる昔より連綿と続く生命の息吹は、そこかしこの池塘でも見ることができます。
このモウセンゴケも何世代にも渡って、この地で生命を紡ぎ続けてきたのでしょう。それは本当に気の遠くなる時間です。
後ろを振り返れば、苦労して下りた至仏山が微笑みかけてきます。
足元の池塘を見ればヒツジグサが水面に揺らめいていました。
牛首を過ぎ、三叉路のところで腰を下ろして、名残を惜しむように周囲を見渡します。前方にそびえ立つ燧ガ岳に別れを告げて踵を返し、元の木道を引き返していきました。
その日の夜に東京に戻ったワタシは、再び殺伐した大都会の人混みに流され、過剰ともいえる光の洪水に頬を照らされていました。
でも尾瀬の鮮やかな緑、可憐な花、そして至仏山や燧ガ岳の上の遠い空は、今でも瞼に焼き付いています。それらの情景はいつでもパソコンのモニターいっぱいに映し出すことができ、それは気ぜわしい日常を生き抜くパワーになってくれるのかもしれません。
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