カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の2件の記事

親父逝く・・・

2ヶ月ぶりかの更新になります。

春のお彼岸に親父が旅立ちました。
昨年よりめっきり弱くなり、旅行でもあまり歩かなくなりましたが、
この冬に体調をこわして入院。
3週間後に15年前に逝った母の元に旅立ちました。

それでしばらくの間、診療室にお花を活けてあったのです。

主のいない家に通い、ようやく昨日に納骨を済ませました。
これからは遺品をひとつひとつ整理していこうと思います。

初孫の結婚式を見届け、最後の旅行は好天に恵まれ、
介護を嫌がっていた本人にとって、自然な死は望み通りだったと思います。

ちょっと前までは3世代の一番下だった私は、
見上げても誰もいなくなりました。

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6年という歳月

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節目という言葉があるけれど、人生に時間的な区切りをつけるならば、学校生活も重要な要素だろう。小、中高、そして大学と、各々6年ずつ過ごしてきたワタシにとって、その周期は内面の奥深くに、無意識のうちに刻みこまれている気がする。

それぞれの6年に、成長過程の青酸っぱい思い出がぎっしり詰まっていて、思い起こすだけでも何か気恥ずかしい。大人になるということは、年月の感覚がぼやけ、曖昧になっていくことなのかもしれない。

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斑鳩の里の裏手には、大阪京都の府県境まで連なっている矢田丘陵がある。法隆寺や斑鳩宮の建立は、政治的背景以外にも、丘陵の南面という優れた地相を選択したのだといえる。

この丘陵の中腹に緑あふれる学園がある。四季折々に表情を変える自然の中で、中・高の6年を過ごせる生徒達は幸せだろうな・・・と、その近くを通るたびに思っていた。かつて、ワタシの母校も奈良公園の中にあったように。

その憧れの中学に合格し、お洒落なボタンとワッペンのついた制服が家に届いたときの君の顔は、今でもはっきり思い出せるくらい、晴れやかで誇りに満ちていた。春の訪れをワクワクしながら待ちわび、満開の桜に導かれながら、式場までの坂道を登っていく姿が今でも鮮やかに蘇るよ。

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四季折々に趣をかえる斑鳩の塔の間を縫うように、君は山の中腹の校舎まで通ったね。夏は額から出る汗が、冬は白い息が、ペダルを漕ぐ君とともにあった。

でも朝陽夕陽を顔に受け続けた君も、とうとう森の中の学舎に別れを告げる日が来たね。

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学園最後の日、君は式の主役になれなかった。皆が感極まっていたその時間は、答案用紙と戦いながら、新たな道を切り開いている真っ只中だったね。お気に入りの濃緑色の制服に身を包んで。

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君がいない卒業式会場をあとにして、冬枯れのキャンパス内をぶらついてみた。13万平方メートルもの広大な敷地のあちこちに様々な思い出を残して、今年も若者は巣立っていくのか。

背後に連なる矢田の森にも、冬の名物の耐寒マラソンコースとして、生徒の数だけ思い出が散りばめられている。

今は冬枯れの芝も、葉をすっかり落とした木々たちも、ひたすら寒さに耐えながら、その内側にエネルギーを溜めこんでいる。

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のぼってゆく坂の上の青い天に 

もし一朶の白い雲が輝いているとすれば 

それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう

(「坂の上の雲」より)

校舎の上にたなびく雲を見つめながら坂を登っていく若者達、そんな彼らに明るい未来あれ・・と祈らずにはいられない。生徒達の軌跡を丹念に拾っていると、いつの間にかキャンパスの端まで歩いていた。

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生徒が卒業すれば、保護者も学校に来にくくなるという現実。そういった意味で、自分自身もこの卒業式の一員なのかもしれない。

そして親から羽ばたき、自分の世界を広げて社会と交わっていくという現実。ちょっぴり淋しい親離れ子離れも、卒業式の付属品なのだろう。

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合格発表の中に君の受験番号を見つけた今日も、きっと忘れられない日になるんだろうね。

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学ぶ専門領域は違っても、春からはそれぞれの6年が再び始まるのか。

小さい頃からの夢がかなった君の目には、今は何が見えているんだろう。

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