カテゴリー「映画・テレビ」の7件の記事

2009年7月 3日 (金)

「剱岳 点の記」を観てきますた

Turugidake 久しぶりに映画を鑑賞してきました。学生時代は新田次郎の黄色の背表紙の文庫本はほとんど読んだことも思い出しました。

地味なストーリーなのに結構入場者が多いと聞いていましたが、行ってみると中高年者がほとんどです。「衝撃的なハリウッドの映像はちょっと苦手~」というタイプの方が中心なんでしょうか?

ワタシは学生時代ワンゲル部に所属し、現在も日帰り登山を楽しんでいるので、ストーリーよりも山岳映像を楽しみに行ったような感じです。辛口批評ながら、内容はまぁまぁやった・・というところでしょうか。

確かに黒澤組のカメラマンが監督をされた大作なんですが、山屋としてはどうもリアリティに欠ける部分がちょこちょこ出てきて、その都度失笑をしてしまうのがいけなかったんだと思います。

例えて言えば、ノーサイド の時、ラグビージャージがキレイなままの映画だと、ちょっと違和感がありますね。昔風の衣装の山のガイドと、近代登山のハイカラな服装を対比させたかったんでしょうが、何日も山に入っていて糊のきいたシワひとつない登山服ってどうよwwwと思ったり、ザイルの扱いや滑落シーンに????と思ったり、風が強く、しかも高所で空気の薄い稜線で鍋??と思ったり、強風雨時に簑をあっさりと外の棒に立てかけたり、ザックを背負うときに力こぶが出なかったり(空荷なんでしょう)、その都度心の中で笑ってしまって、深い感動に浸ることができませんでした。

でも山の映像は素晴らしかったです。称名の滝、雲海に浮かぶ富士山長次郎谷劔沢の雪渓、後立山連峰池の平の紅葉、八ツ峰大窓・小窓槍・穂高連峰、そして四季折々に装いを替える雷鳥・・・、それらを指さしながら学生時代の北アルプス山行を思い出してウルウルしてしまいました。

一般の方なら、そのような矛盾を感じないと思うので、今季の優秀作品に選ばれるかもしれません。

今までの山行きで、ワタシは数え切れないくらい三角点を踏んできましたが、それらは先人達が苦労して担ぎ上げ、丁寧に測量してこられたんだと思うと、頭が下がる思いがします。縁の下の力持ちの仕事ってやつですね。そういえば送電線やダムなどもそうですね。あれがあるから文明生活が送れるのですが、組み立てあげるのは大変だったでしょうね。

最後に25年前に剱岳にチャレンジしたときのワタシの写真をアップします。はたして再びそのピークに立てるチャンスは訪れるのでしょうか?

Turugi1j_2 Turugi4j_2 Turugi2j_2 Turugipeak 

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2009年5月 7日 (木)

久々のクリント・イーストウッド

Grantrino4 小さい頃、祖父や両親に手を引かれて行った奈良の映画館で、友人オススメの作品を観てきました。

観たのは「おっぱいバレー」ではなくcoldsweats01クリント・イーストウッド主演&監督の「グラン・トリノ」ですが、「流石イーストウッド!」と唸らせられる出来映えでした。「マジソン郡の橋」「ミリオンダラーベイビー」「硫黄島からの手紙」「チェンジリング」などのヒット作を立て続けに飛ばしている彼ですが、この作品が一番奥深くて味わいがあるのではないでしょうか?

主人公は79才の老人で、クリント・イーストウッドの実年齢でもあります。ていうか、脚本家は彼をモデルに書いて、売り込んだらしいですね。

Grantrino2 さてその内容ですが、詳しくはオフィシャルHPをご覧下さい。

http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/#/top

俺は迷っていた、人生の 締めくくり方を

少年は知らなかった、人生の始め方を

かつてアメリカといえば最強の国であり、あらゆるところで輝いていました。そしてワタシは学生時代、そのアメリカに憧れ、中西部から西海岸を2週間ほどバスで旅したことがあります。

アメリカはその内側に、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などの数多くの傷痕をかかえてきました。また白人主導だったこの国も、今では数多くの民族が自己主張を始め、とうとうアフリカ系の大統領が誕生しました。

Grantrio_2 主人公の老人ウォルトは、強いアメリカの象徴であるフォードの工場で働いてきたことを誇りに、家の入り口には星条旗を掲げ、部屋や庭をこまめに手入れし、愛車グラン・トリノを磨き上げるのが日常となっています。

そして彼は朝鮮戦争で人を殺めた過去を心の闇にしまい込み、有色人種を蔑みながら生きてきました。妻を亡くし、息子達には敬遠され、教会の若い神父を青臭いとののしりながら、偏屈といわれる日常を送ります。

住んでいる町からは白人がどんどん出ていき、いつのまにか治安の悪い地域になってきました。そんなおりに彼が毛嫌いする米食のアジア系民族が隣りに引っ越してきます。

とまぁ、良くできた脚本によって、テンポよく話が進んでいきます。

と、映画の話はこれくらいにして、最後に辛口評論家・前田有一氏のWEBを紹介しておきましょう。

http://movie.maeda-y.com/movie/01274.htm

Naramati1 映画の主人公・ウォルトの年齢は79才ですが、これはウチの親父の歳でもあるんですね。

自分自身には戦争経験はないけれど、兄を戦場で亡くし、朝鮮戦争の景気によって戦後から脱却し、ベトナム戦争の頃の高度成長期では、歯科医院を繁栄させながらワタシを育ててくれました。

日米の差はありますが、主人公とその息子達に感情移入できるのも、ワタシら親子と年齢構成が同じだからでしょうね。

さて映画館を出てからならまちをぶらついてきました。

以前から気になっていたプラモデル屋さんです。ここも例にもれずおばあさんが店番をしていました。商品もそんなに揃えているようには見えませんでしたが、看板だけは新しく塗り替えられていたのが印象的でした。

Naramati3 お墓参りを済ませ、町を一巡りして、猿沢池近くの元花街まで戻ってきました。

先日の廃屋が目立った郡山と違って、この辺は小ぎれいな建物が数多く残っています。その反面、ヌード劇場や場末のバーなどは時代に取り残されたように、傍らに押しやられている感じです。かつては妖しげな光がこぼれていたであろう格子窓のお店は、今ではお洒落なカフェや飲食店などに模様替えしていました。

島国である日本は、おおざっぱにいえば単一民族ですから、誇りある大和文化を継続していきやすいのでしょうね。

1300年前から伝統と誇りを持ち続ける町と、多民族ゆえに基盤がぐらつき始めたアメリカとを対比させながら、小雨降る町歩きを楽しんできました。

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2008年3月16日 (日)

Lust Caution(色 戒)

話題になっている映画「ラストコーション」を上映終了間際に鑑賞してきました。ちなみにラストは「last」ではなく「lust(欲情・色情)」なんだそうで、今回の映画で初めて知りました。

ワタシはハリウッドもの、ファンタジーものが好きではなく、またTVドラマでもいけそうなモノや連続モノ(寅さんとか釣りバカとか)はわざわざ劇場では観ない主義なので、映画館に行くのはおのずと年に2・3回くらいに限られます。もし観にいくとしたらマイナーな映画会社だけれども何かの賞を取って話題になっているものが多いですね。このブログでは「パッチギ」「フラガール」「もがりの森」を取り上げています。

Wp3_800 さて今や巨匠ともいえるアン・リー監督のこの作品は、ヴェネツィア金獅子賞台湾アカデミー賞(金馬賞)を取っていますから、ちょっと注目していました。というよりも男女の激しいからみがあってR-18指定になっているから興味を持った・・・と言えないこともないのですが(笑)。

「昔でいう成人映画やん」ということで、観客はエロそうなオッサンが多いのかな・・・と思っていたら、実際は結構女性やカップルや元文学少年風の人が多かったのでした。まぁオッサンが行くには少々不便なところにある映画館でしたが。

Lust1 CinemaCafeNetより

1942年、日本占領下の上海。抗日運動に身を投じる美しき女スパイ、ワン(タン・ウェイ)は、敵対する特務機関のリーダー、イー(トニー・レオン)暗殺の命を受ける。やがてその魅力でイーを誘惑することに成功したワンは、彼と危険な逢瀬を重ねることに。死と隣り合わせの日常から逃れるように、暴力的なまでに激しく互いを求め合う二人。しかし、運命の時は刻々と迫っていた――。『ブロークバック・マウンテン』のアン・リー監督が贈る、スリリングな禁断のラブストーリー。第64回ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞受賞。

10047421741_2 感想をひとことで言えば「アン・リー監督に拍手!」でしょうか。近代中国歴史の悲哀に男女の情感が絡み合って、重厚でずしりとくる作品に仕上がっています。ブルジョア、貧民、外国人が雑多に混じった上海の風景は、それだけで素晴らしいセッティングでした。ただ日本人の将校の宴会風景はどこか異質なものを感じましたが・・・。

中国の歴史を振り返れば、多民族を抱えた大国ゆえに一つにまとまる難しさ、そこへ列強や日本の思惑が重なって、様々な問題を孕んできました。北京五輪を前にした現在の経済的な発展は目をみはるものがありますが、それとて多くの犠牲の上に成り立っているのかもしれません。そして一昨日のニュースではチベット暴動を報らせていました。

10035154299_2 それはさておき、この映画の中心人物はマイ夫人(ワン・チアチー)を演じた湯唯(タン・ウェイ)でしょう。写真のような純朴な女子学生が時代の波に翻弄されて、傍から見ると稚拙で少し危なっかしい抗日運動へと走ります。そして敵対する政府特務機関のボスの易氏(トニー・レオン)に身体を張って近づいていきます。3度にわたる男女の濃厚なからみは、服従→模索→理解を意味していると後から知りました。そういう意味でももう一度鑑賞したい映画ですね。

10047421746_2 ネタばれですが暗殺に失敗した同士の5名も最後は処刑されてしまいます。やはり学生出身の甘さのせいでしょうか、宝石屋に入るときの絶好の機会でためらったのが致命的でしたね。彼女だけが最後まで毅然とした態度をとっていたのが印象的でした。「抗日」という大義名分とはいえ、甘いノリで計画した殺人計画とそのフォローの無責任さ。そんな彼らよりも真剣に愛してくれたターゲットの男。その想いに応えるのも愛のなせるわざなのでしょう。

不謹慎ですが、殺し屋稼業というものは本年度のアカデミー賞を取った「No Country」中の彼のように冷酷になり切らなくてはいけないのかもしれません。

Lust2_2 ソバカスのある純朴な女子学生から妖艶な女に変化していくところも映画の見どころのひとつです。それは激しいからみのシーン以外にもいろいろな表現方法がとられています。

04_2 例えばコーヒーカップについた口紅、絹の靴下と下着、装飾品や嗜好品、髪型、会話などに現れています。マイ夫人(ワン・チアチー)にとっては、美しく化けることは戦闘態勢に入ることを意味するのでしょう。

ワタシは鏡や窓ガラスに映る彼女の姿にもまた、監督のメッセージを感じとることができました。

L_08 そのほか麻雀シーンもよく出ますが、これは本心を隠した駆け引き、あるいは虚と実を表現しているのかもしれません。マイ夫人イー氏が交わしたのは会話だけではなく視線であることも、あとからスチール写真を見て気づきました。何度も見ればこの映画の深さが見えてくるのかもしれません。

現実と虚構の間で移ろいゆく心は現代にも相通じるものがあり、それが多くの人を揺さぶるのでしょう。

そういった意味で、よくできた大人の映画だと思いますが、ワタシの文章力ではどうも中途半端になってしまいますね。

さて中国は周知のように清(満州族)からかなり複雑ながらも中華民国(漢族)へ、そして戦後は蒋介石の国民党から毛沢東の共産党に政権が移り変わりました。日本の傀儡政権であった汪兆銘の上海政府の要人はどうなったのでしょうか?もう一人の主人公の易(イー)氏も拠り所を失って失脚しているか、どこかへ逃亡しているはずです。いや書斎にあった孫文の肖像は、彼も隠れ抗日派であることを示しているのでしょうか?

Photo_6 今では中国の大女優チャン・ツィイーに迫る勢いのタン・ウェイですが、素顔は現代的な女性ですね。

最後に歯科医の立場でチェックさせていただくと、彼女は上の前歯が比較的小さめで、また上唇も短くて鼻の下の溝(人中)が目立ちますね。つまり30才近いのに、キレイ系より幼なカワイイ系に見えると思います。ですからセクシーな女を演じるには、情熱的なルージュなどの小道具や大人びた振る舞いが必携かもしれません。日本の芸能人で上の前歯が小さい人といえば安達●実や若●麻由美が思い浮かびます。でも日本の芸能人はすぐサシ歯にしちゃうから、ちょっとアレですが・・・。

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2007年8月 2日 (木)

殯(もがり)の森

Photo 休診にしている水曜日の午後、河瀬直美監督の「殯(もがり)の森」を観にシネカノン神戸に行ってきました(このブログの写真の一部は、公式HPからお借りしています)。

8月1日は映画の日ですから1000円で観られるのですが、関西というか西日本でお昼の時間帯に上映しているのはシネカノン神戸だけでした。午前最後の患者さんの治療が終わると、JR環状線&神戸線に駆け込みダッシュし、14:20の上映時間にギリギリセーフです。

Mogarinomori この作品はカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した、本当に河瀬監督らしい映画でした。余計な装飾を削ぎ落とし、「私はこう表現したけど、あなたはどう思う?」という感じで問いかけてきます。でもその手法は娯楽映画の対極にあるので、一般的に受け入れられにくいでしょうね。おそらく退屈で眠い・・・という批評も多いと思います。

作品中よく使われる「こうしゃなあかんこと、ないから(こうしないといけないという決まりはないよ)」という科白は、「観客動員よりも、自分が撮りたいように撮る」という監督自身の思いなのかもしれません。

ワタシは河瀬監督と同様、奈良で生まれ育ち、また監督の母校の一条高校はワタシの小学校の校区内で、しかも数年ほど歯科検診に行ってましたから、けっこう贔屓目というのはあると思います。そのつもりで読んで下さいね。

Photo_5 さてこの映画のテーマのひとつは「生と死の間にある結び目のようなあわい」なのだそうです。それを「認知症」や「奈良の田舎の風景」や「夏の森」を媒介にして、淡々と静謐に訴えかけてきます。ですから観る方にとっても、自分の死生観というか哲学でもって消化し、反芻しながら受け止めないと、退屈きわまる映画になってしまいます。

というか、ハリウッドに代表される娯楽映画自体の方が逆にサービス過剰で、例えば「風」を表現するにしても、台風のような効果音は必ずしも必要ではなく、樹々や水田がそよぎながら葉の裏表の微妙なコントラストを見せるだけでも十分ですし、それだけで怖れや心の揺れなどを間接的に訴えることができるでしょう。

次に「森」です。我々は「森」に対しては森林浴というか、どうしても酸素やマイナスイオンを放出してくれる快適な自然を想像しがちですが、実際の奈良の夏の森は快適とはほど遠く、そこはむっとする草いきれに満ち、虫たちが飛び交う汗みずくの世界か、大木に日射しを遮られた湿り気のある薄暗い世界です。しかも滅びてゆく秋や冬の序章として、夏はあらゆる生き物がエネルギーを爆発させる季節でもあるんですね。いずれにせよ文明の快適さからは程遠い場でもあります。

Photo_3 そして夜のとばりが下りると、「森」は踏み込んではいけない漆黒の世界となります。草むらのそこかしこに獣たちの視線を感じるだけではなく、目に見えない何かが存在するような、月明かりが頼りの、そんな畏怖の世界になります。

Photo_4 そう、森を出て文明という光を手にした人類にとって、「森の中」は目に見えない何かが存在し、あの世とこの世が混在し、死者と生者が出会える空間でもあるのですね。幾度となく山歩きしてきたワタシですが、夜の森の一人歩きはいまだに馴染めません。

もしこの映画の批評に「美しい茶畑の風景」などと書かれてあって、そのような叙情的な映画を期待して行かれると足元をすくわれます。先述のように日射しが照りつける真夏の田舎は快適からほど遠く、それゆえ畑から盗んだ西瓜をむさぼり食べるシーンが、「生」や「エロス」の生々しさを前面に打ち出してきて、それがとても印象に残りました。でも河瀬監督独特の手ブレのあるカメラワークは、人によっては疲れるでしょうね・・・。

Photo_2 さて未熟なワタシの映画評はこれくらいにして、撮影が行われた「田原の里」は、大文字送り火で有名な高円山(たかまどやま)の裏手にあり、ワタシの友人である箱崎竜平君がR工房を営んで、陶芸に励んでいるところでもあります。

田原の里は奈良駅から車で30分もあれば行けるのですが、その途中の鹿野園(ろくやおん)町の手前には市営斎場があり、今までに祖父祖母、叔父叔母、母親、大学の恩師などを送り出してきました。奈良市民だったワタシにとっても、今は亡き大切な方々を思い起こし、自分の死と向かい合う時間をそっと差し出してくれる、そのような映画でした。

余談ですが、奈良市東部には鹿野園を始め、誓多林、忍辱山、大慈仙、菩提山など仏教の聖地とゆかりの深い地名がつけられているところがあります。このように仏教が生活に根付いている点で、奈良は他都市と異なっているんですね。

いつの間にか、今年も「なら燈花会(とうかえ)」の季節になりました。漆黒の闇に浮かぶ蝋燭の火は、キレイだな・・・と単に見つめるものではなさそうですね・・・。

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2007年6月 3日 (日)

シネカノン有楽町

朝食&市場見学の後は散歩がてら築地から有楽町に移動です。

Photo_356 Photo_357 映画館が開く前の時間つぶしに、吹き抜けとガラスの壁面が印象的な東京フォーラム内をぶらぶらしてきました。

伝統的で下町の風情が漂う築地とは対照的に、こちらの建物は緑と光と色彩の融合した近代的な空間でした。もちろん実用自転車は1台もありません。。。でも築地も移転して近代化する計画があるそうですが・・・。

Photo_358 Photo_359 そうこうしているうちに「パッチギ! LOVE&PIECE」の第1回目の上映時間が迫ってきたので、向かいのシネカノン有楽町へ。

前回の「パッチギ!」は高校生が中心の青春モノという感じだったのですが、今度はアンソンやキョンジャが高校生から大人になった分だけ、社会との関わりが大きくなっています。無鉄砲からある程度抑えのきく世代になっているんですね。そうなると社会で「生き抜いて」いくための現実的な手法などが絡み、内容的にも少々重くなっている気がしました。娯楽性というか痛快性を期待した人にとっては、その辺がちょっとマイナス評価になるかもです? でもワタシはアンソン役の俳優さんやチャンス役の子役さんの演技を含め、この映画に高い点をつけますよ。まぁいろんなことを詰めすぎて、ごちゃごちゃしすぎたキライもありますが、これは井筒監督の怒りパワーの成せるワザなんでしょうね?

別の表現をするならば、「3丁目の夕日」がほのぼの路線なら、こちらは対照的にギトギト路線といったところですね。世の中善人だけで成り立っているワケではないみたいな・・・。

そういえば昭和40年代前後は、ベトナム戦争があったり、学生デモで人が亡くなったり、労働ストライキが激しかったり、各家の衛生状態も今ほどでなかったり、勤め人は麻雀店で煙草をくゆらせたりと、今から思えばいろいろなエネルギーが渦巻いていました。その点では、平和で清潔な時代に育った若い人には当時の時代背景は理解しにくような気もします。

かくいうワタシも徴兵や空襲経験はありませんし、戦後のひもじさや進駐軍も知りません。「戦争を知らない子供達」の最後の世代にあたります。いろいろな立場の人がお互いわかりあうには、本当に努力を要しますね。

まぁ今回の「パッチギ2」は前作の続きではなく、別個の作品と考えた方がいいのかもしれません。前作は全体に流れる「イムジン河」のような象徴がありましたし、また沢尻エリカの今のイメージが先行してしまっているきらいもあります。

エンディングには前作と同様「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れました。歌っている人が前作と違うので、ある意味感動しますよ。誰が歌っているのかは劇場でご確認下さい(笑)。

実は井筒監督(奈良高校)も河瀬監督(一条高校)も奈良出身なんです。どちらの高校も生家から近く、ワタシは小さいときから身近な存在でした。だから思い入れも深くなるんでしょうね。。。さて次は「殯(もがり)の森」を観に行くことにしましょう。

で、観賞後は御徒町の研修会場へ移動です(どっちが主目的やねん・・・)。

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2007年2月23日 (金)

夜を賭けて

Photo_195 大阪砲兵工廠跡の記事を書いたとき、梁石日氏の「夜を賭けて」という本を紹介しましたが、先日その映画のDVDを購入しました。映画館へはほとんど行かず、たまに受賞作品などをレンタルで借りるくらいのワタシですが、週末の新聞の映画批評記事や、関西ウォーカーなどで、なんや半分観たような気になっています・・・・。(^^;)

ですからワタシの映画批評なんて、他人の受け売りだと思って下さい。

しかも治療ユニットにもたれかかって、患者さん説明用のパソコンで観ています。それもお昼の休憩時間ですので、時間が限られるのもええとこです。さらに早送りしたり、チャプターごとに観たりしていますから、ほんまに邪道ですね。。。。

でも城東線(今の環状線)沿いの集落のセットは、当時の様子を知る上で役に立ちました。開高健の「日本三文オペラ」の内容も、頭の中でイメージが湧かなかった部分が、ステレオ画像となって再生されました。ワタシ個人としては、山本太郎も良いけれど、高山健一役の山田純大の鋭い目が印象に残っています。単なる危ない男ではなく、その奥の背景を目で表現するのは難しかったでしょう。その他、清川虹子さん、風吹ジュンさん、奥田瑛二さんなどの実力俳優が脇役として好演されていました。「パッチギ」では新人俳優さんが映画の中で演技力を成長させていったのと対照的でした。

月並みな表現ですが、人間が生き抜いていくということは、ギラギラしたエネルギーが必要なんですね。先の大戦の敗戦後は食べ物も家も肉親も誇りも、そして人権もなくした多くの方々がおられました。身体も心もズタズタになりながらも、人々は生き抜いてきました。韓流ブームと言われ、飽食の時代と言われ、キレイになりすぎた今の日本では、なかなかこういったイメージはつかみにくいです。でもこの映画は不幸な歴史ではなく、ある意味奥の深い喜劇なんだと思います。生き抜いていくというパワーが、涙の向こうの笑いとなって出てくるような、上手く言えませんが、そのような側面も見い出せました。それが感動を呼ぶのでしょう。

今度は同じ梁石日氏が原作の「血と骨」「月はどっちに出ている」を観てみたいと思います。

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2006年9月16日 (土)

パッチギ!

Photo_3

パッチギのDVDをレンタルして鑑賞しました。ちょっとジ~ンときたので、私にしては珍しく、新品のDVDを買ってしまいました。

井筒監督は1952年生まれで奈良高校出身だそうです。私が出た小学校は奈良高校の向かいにあった佐保小学校です。ワタシが佐保小の3,4年の時?、奈良高校は山の中腹に移転しましたが、その当時は歴史を感じさせる木造校舎であったことを覚えています。6つ違いの私は、高校生だった井筒監督とどこかですれ違っていたかもしれませんね・・。

goo映画によるあらすじは以下の通り

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グループ・サウンズ全盛の1968年。京都府立東高校の空手部と、朝鮮高校の番長・アンソン(高岡蒼佑)一派は、激しく対立していた。アンソンの妹で、フルートが得意なキョンジャ(沢尻エリカ)に心を奪われた、東校の松山康介(塩谷瞬)は、彼女が奏でる美しい曲が、「イムジン河」という朝鮮半島に思いを馳せた歌だと、音楽に詳しい坂崎(オダギリジョー)に教えられる。キョンジャと親しくなりたい一心で、康介は、ギターの弾き語りで「イムジン河」を練習し、朝鮮語の独学を始める。 女の子と親密な関係になることが一番の関心事だった高校生が、在日朝鮮人の女の子に恋をしたことで、自分が何も知らなかったことに気づく。そして、「なぜ」という疑問を持つ。なぜ、「イムジン河」は、レコード発売が中止になったのか。なぜ、在日の人たちに、恨みたっぷりに罵倒されるのか。なぜ、自分と彼女の間に、渡れない河が横たわっているのか…。 この「なぜ」を持ち続け、失敗に怯むことなく、何度でも挑戦し、渡れない河があることも承知で生きてゆくたくましさが、いつの時代にも必要なのだろう。ともすれば、線が細く、生命力に乏しい印象の今時の若い俳優たちが、井筒監督の情熱的指導の賜物か、精一杯、躍動する姿を見せ、不敵な面構えも堂に入っている。大らかで野蛮な、最高に面白い熱血青春映画が誕生した。 

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単なる青春モノ、恋愛モノではなく、監督は深い問題を提起しているので、この映画は何度も見た方が、味わいが出てくるように感じます。

最初に見たときは、ケンカに明け暮れた高校生活ちゅうのがイマイチ実感として湧かず、また若手俳優さんの演技力もあってか、前半は少しダルく感じました。

ところが2回目以降じっくり見てみると、まだ太平洋戦争を引きずっていた時代の背景が、在日問題、社会主義への憧憬、数々のフォークソング、グループサウンズなどなどと相まって、じわじわとええ味をしみ出させながらグイグイ惹きつけていきます。人生は人それぞれ重みがありますねぇ・・・。

京都が舞台ですから、何気なく映る京都タワー(今の京都駅ビルが映ってたけど・・ 笑)、出町柳付近の鴨川、新京極、哲学の道、九条通りの高架橋、銀閣寺近くの坂道、嵐山のボート乗り場などなど京都の風景が出しゃばることなく、当時のファッションとともにアクセントになっていました。同じ京都が舞台の、大森監督の「ヒポクラテスたち」を思い出しました。

小道具などもけっこう凝っていたようです(若い人にはわかりにくいんだけど・・・)。

例えばその当時の食料品(松山容子のボンカレー、三ツ矢サイダーなど)、TV番組の「てなもんや三度笠」、VAN?のチェックのブレザー、サッカー部のピチピチ短パンユニフォーム、腹巻きに細いベルト、叡電の昔の車両?、吉本新喜劇の平参平のモノマネ、山本リンダの「困っちゃうナ」、ボウリングが3時間待ち、オックス(グループサウンズ)で失神、阪神パークのレオポン、毛沢東語録を手にする教師などなど、懐かしいものがさりげなく出てました。

でも、現代のロミオとジュリエットとか、世界は愛で変えられる・・・ちゅうコピーは、ちょっと的はずれ!それと最近、沢尻エリカ(リ・キョンジャ役)はキレイになりましたね。

歯科医の立場から言わせてもらうと、首をかしげる癖があるのは、噛み合わせの左右のバランスが悪いからかな??

そういえば京都は1200年の歴史があるので保守的に見えるのだけれど、日本有数の大学の町で、京大を代表するように、個人の自由を重んじて、また一時は革新府政&市政の町でもあったんですね・・・。そのへんが京都の魅力でしょう。

長々と書きましたが、「三丁目の夕日」が東京タワーを象徴とするのに対し、「パッチギ」は関西パワー溢れる作品でありました。

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